シャッ、とカーテンを引き払って、あたしは試着室から店内に一歩踏み出した。店内の目という目があたしのところで止まり、びっくりしたように見開かれ……ほぅ、という声が口から洩れる。この瞬間、何回やっても飽きないわ。
「お、お客様……本当に何を着てもお似合いですね」
 若干、というよりかなり、店員さんの眼の下に隈が浮かんできてるようにも見えるけど。三十着くらいの試着で弱るなんて、ヤワよね。10センチはあるヒールをカッ、と前に踏み出す。腰の辺りまで深く入ったスリットが、悩ましくハラリと太腿をあらわにする。それを見た男が文字通りフラリ、とするのを見たわよ。

 胸の膨らみをこれでもかとばかりにアピールした真紅のドレス。きゅっと引き締まったウエスト。足のラインが露わになる下半身。これはまさに、あたしのためのドレスだわ! どこに着て行くのか、っていう問題はあっちに置いといて。どこへ着て行くかっていう目的地があるから服を買う、なんて無粋よ。本当に素敵な服は、主人をその服に似合った素敵な場所へ連れて行ってくれるんだから。
「そ、それで……どの服もお似合いですが、お気に入りはありましたでしょうか?」
「全部」
「は?」
 何を言ってるのか分からないテイの定員に、あたしは顎をしゃくって、横に積み上げられた服の山を示した。
「だから、全部買うって言ってんの。包んでいただける?」
「は! はい! すぐに!」
 ピン、と店員の背筋が伸びる。これで全部でいくらになるのかあたしも知らないけど。まあ、死神ってったって神様のはしくれだもん、これが買えるくらいの給料は貰ってるわよ。

「お客様……その服を今日お持ち帰りいただくのは難しいですよね。配送いたしましょうか?」
 電卓をたたきながら、店員が上目遣いでこちらを窺ってくる。背後で、店員総出で服を包んでいるのが何だか面白い。あたしはうーん、と口の中で唸った。
―― 瀞霊廷なんて言ったって、届かないわよね……
「いいわ、後で誰か、取りに寄こすから」
「かしこまりました。どなたがお越しになりますか? 念のためお名前をお伺いできますでしょうか」
「ひつが……じゃない、檜佐木修兵ってのが来るわ」
 隊長はきっと体格的に無理だろう、と途中で名前を言い変える。大体修兵だったらニヤニヤしながらやりそうだし、ま、いっか。

ていうか隊長、今頃気づいてるかしら?
烈火のごとく(隊長だから身も凍るほどに?)怒ってるのかしら。
ま、いっか。


* last update:2009/5/7