春らしい薄ぼやけた青空には、切れ切れに雲がたなびいている。
近くのベランダでは、主婦らしいエプロンをつけた中年の女性が、洗濯物をとりこんでいた。
その傍を、漆黒の死覇装をなびかせて跳躍する。

「もう、隊長ったらホントせっかちなんだから」
隣で、松本副隊長がぼやく。
浮竹隊長なら、一旦退いて仲間を集め、相手の出方を待つところだ。
隊長によって、ここまで戦略が違ってくるとは思いもしなかった。
……いや、それどころか、いきなり突っ込むなどとは「戦略」とも言えないのではないか。

その私の心の裡を読んだかのように、松本副隊長がこちらを見た。
「浮竹隊長とはぜんぜん違うでしょ? ウチの隊長はね、こういう時必ず自分が最前線に立つの。
まず自分と敵の戦いを見せて、部下たちにどう戦えば勝てるのか、判断させようとするのよ」
「それでは、日番谷隊長が戦略を立てられないではないですか」
「隊長に戦略は不要よ」
「不要って……」
「ウチの隊長は、天才だから」
思わず見返すと、松本副隊長は不敵な笑みを浮かべた。

幼い外見や、鬼道系の刀を持つところから取り違え気味だが、
実は日番谷隊長は、兄様よりもむしろ更木隊長に近い、男気溢れる一面を持つのかもしれない。
ついてこい、と言った日番谷隊長の背中を思い出す。

凶悪な敵の霊圧が、どんどんと近づいて来る。
見上げると、百メートルほど離れた建物と建物の間に、黒い線のように何人かの姿が見えた。
それはすぐに、並んで中空にたたずむ四人の破面と、日番谷隊長の姿と分かる。
「あちらです!」
「ええ」
すでに、戦いは始まっているのか。だん、と地を蹴ってスピードを上げた。

どくん、と胸が高鳴る。
背中の産毛が一斉にゾワリと立ちあがるような悪寒が走る。戦いの前は、いつもそうだった。
自分を落ち着かせるため、すぅ、と息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと吐く。
屋根を蹴る足に力が戻る。……もう、大丈夫だ。


***


突っ込んで来る日番谷隊長の姿をみとめた四人の破面が、一斉に刀を引き抜いた。
「さっきの死神ですか。一人で追って来るとは無謀もいいところ」
さっき井上の力で吹き飛ばされた破面が先頭に立ち、日番谷隊長に刃の切っ先を向ける。

互いの間合いに入ったのは、直後。
氷輪丸を鞘ごと引き抜いた日番谷隊長が、一旦納めた刀の鯉口を切った。
シャッ! と鋭い鞘擦れの音が響くと同時に、身軽に相手の曲げた膝に飛び乗っていた。
「な……」
いきなり懐に飛び込まれた破面が、顔をひきつらせてのけぞる。
抜刀した日番谷隊長の刃が、まっすぐに破面の首を狙った。一瞬早ければ、その首は斬り飛ばされていただろう。
しかし破面は間一髪で、引き寄せた刃で氷輪丸を受け止めた。

「なかなか動きがいいな」
「……どうも」
日番谷隊長の声と、それに皮肉めいた声で返す破面のやり取りが聞こえた。破面の首からは、かわしきれずに受けた傷から血が流れている。
「……霊圧を消しな。むやみに近づいたら標的にされるわよ」
そばに来た松本副隊長がささやき、私は頷いて、建物の影に隠れるようにして破面に近づく。
すでに30メートルほどの距離に迫っていたが、日番谷隊長に集中しているのだろう、敵は私たちに気づいていない。

「その余裕の表情、いつまで続きますかね」
「そのまま返すぜ」
日番谷隊長は、破面に向かって手を払うような動作を見せた。
「蒼火……」
「調子に乗るな!」
その瞬間、横合いからもう一体の破面が飛び込んできた。日番谷隊長はとっさに、二体目に手の先を向ける。
「……火墜!」
青い炎が波のように二体目の破面を襲った。その一撃は顔面を直撃し、悲鳴を上げた破面は背後に退いた。

「囲め! 鬼道を使わせるな!」
ふん、と日番谷隊長が鼻を鳴らす。
確かに、彼の体格なら、肉弾戦よりも鬼道が得意だと推測できる。四方から押し包んで力づくで攻め立てるほうが破面に有利だろう。
しかしその一方で、むやみに近づけば、鬼道を当ててくださいと言っているようなものだ。
実際、破面達は一気に距離を詰められずにいる。

火花を散らせ、一体の破面が斬り結ぶ。
その背後から、二体の破面が同時に斬りつけるのを目の橋に捕えた。
瞬歩で逃れるしかないが――間に合うか? 日番谷隊長がちらりと背後を見やった。
「日番谷隊長っ!」
野太い男の声が響き、日番谷隊長は敵に目を据えたまま叫び返した。
「阿散井か」
「避けてくださいっ! 吼えろ、蛇尾丸!」
「は?」
日番谷隊長は近づく風切音に背後を見やる。次の瞬間、ぅわ、と声を上げ、その場にかがみこんだ。

銀色の髪がパッと宙に舞い、日番谷隊長の真上を蛇尾丸の刃が通り過ぎる。
大きくしなって振り下ろされたその刃は、二体の破面をその場から吹っ飛ばした。


数秒あけて、松本副隊長と私がその場に到着する。
「大丈夫ですかっ、隊長! 今なんか、恋次に襲われてるように見えましたけど!:
「今の、避けなきゃヤバかったぞ……てめぇ技が荒すぎだ!」
日番谷隊長が声を荒げる。さすがに、怖かったらしい。
「すんません! 蛇尾丸の奴、なかなかコントロールが効かねぇんス」
「……俺の半径十メートル以内には近づくな、阿散井」
「隊長の隣で戦ったことがない」と前にこぼしていた恋次を、ふと思い出した。
確かにこれでは、隣で戦うのを兄様は許さないだろう。


チャキ、と鍔口が鳴る。私たちは同時に、破面を顧みた。
四対四。全員が一体ずつ倒せばよい計算だ。
―― なんだ、こいつらは?
初めにその姿を見た時、軽い動揺があった。
元は虚だった、と言うにはあまりにも……彼らの姿は、人間に酷似していたからだった。

―― いや、これは。
悪寒がこみ上げてくる。
もはや、「人間」ではなく、我々「死神」に近いのではないか。

腰の辺りまである長く白い上着に、白い袴に似た服を身につけている。
上着のゆったりした裾といい、腰に帯びた刀といい、これでは白い死神のようだ。
しかし感じる気配は、間違いなく破面のもの。

破面には、三つの等級があると言う。
一つ目はギリアンで、見た目は虚そのものだ。中級のアジューカス、最上級のヴァストローデになるほど、外見は人間や死神に近づく。
今目の前に立っている四人は、身体のあちこちに仮面の断片らしきものが見える。
虚の証拠である身体の穴が見えている者もいる。しかしそれだけでは、アジューカスなのかヴァストローデなのかの区別はつかなかった。

「どの階級なんですかね? 見分け、つきます?」
思ったことは同じだったのか、松本副隊長が日番谷隊長を見やる。彼はわずかに肩をすくめた。
「それがあらかじめ分かるくらいなら、先遣隊なんて出してねぇ」
給料上げて……と松本副隊長がため息をつく。ふん、と日番谷隊長が鼻を鳴らした。
「ンな話は後にしろ。朽木、松本。六杖光牢を唱えとけ。まだ撃つなよ」
「はっ、はい!」
急に名前を呼ばれ、緊張する。
どういう戦略が日番谷隊長の中で練られているのかは想像がつかない。
しかし即座に詠唱を始めた松本副隊長の後につき、「力ある言葉」を口にする。
唱え慣れた言葉は、つむぐだけで心を落ち着かせる効果があった。改めて、四人の破面をざっと見渡した。


中央に立つリーダー格らしき破面は、井上にさきほど吹き飛ばされた男だ。
長身で細身、切れ目を入れたような小さな細い目、分厚い唇。
長い三つ編みを背後に垂らしている。

その隣には、松本副隊長よりもワントーン薄いプラチナブロンドに明るい碧眼の男。
爬虫類を思わせる金色の目をした白髪の男。口から除く歯が獣のように尖っており、虚の面差しを残している。
そして一番隅にはボールのように体が膨らんだ、恰幅のよい黒髪の男が控えていた。

それぞれ、頭部に仮面の一部が残っている。
白髪の男を除けば、その仮面がなければ普通の人間だと言っても通じるだろう。
男が一歩、日番谷隊長に向かって足を踏み出した。

「名乗りが遅れまして。私の名はNO.11、シャウロン・クーファンと申します」
ケッ気取りやがって、と恋次が呟く。日番谷隊長は鷹揚に頷くと、わずかに小首をかしげた。
「NO.11ってのは何だ? 破面にはNOがあるのか」
NO.11と言う時に、少しだけ嫌そうな顔をした。
「嫌いですかな、11、という数字は」
「いけ好かねぇ数字だ」
当然私たちは、十一番隊長の顔を思い浮かべずにはいられなかった。

「それは残念。ちなみにNO.11以降は、ただの生まれた順番ですよ」
「……朽木、恋次」
二人の会話に隠れるような小声で、松本副隊長が私たちに声をかけた。
「しゃべってる奴が一番強い。順番に、金髪、太った奴、かなり離れて白髪」
その蒼い目は、冷静に全員を見渡している。

日番谷隊長がしゃべっている間に、全員の霊圧を見極めていたのか。
私の考えがそのまま聞こえているかのように、彼女は頷いた。
「そんな目的でもなかったら、あの隊長が敵と雑談しないわよ。味方でもしゃべってくれないのよ? 普段」
「そこ、うるせーぞ」
松本副隊長の声が聞こえたのだろう。チラ、と日番谷隊長が振り返る。
「地獄耳なんだから」
からかうように返しながら、松本副隊長はかすかに頷く。
日番谷隊長はそれを確認すると、視線を前方へ戻した。


「……乱菊さん。一番強いの、俺がやりますよ」
「馬鹿者、分かっておるのか。限定解除はまだ解けてはおらぬ! 今のままでは、お前は力の二割しか出せぬのだぞ」
松本副隊長に声をかけた恋次に、鋭く返す。ぐっ、と恋次が詰まった。松本副隊長が頷いた。
「今のあたし達の力を全部足しても、あいつらの総力には劣るわ。普通にやれば死人が出るわよ」
「だから、俺が……」
「一対一で倒すって? だから十一番隊上がりは嫌なのよ。何のためにあたし達が集まったと思ってるの?」
「連携攻撃って言っても、総力に差があるんじゃ……」
「だから。うちの隊長の指示に任せなさいって」
絶対に大丈夫だから。そのきっぱりとした言葉に、恋次が黙った。

シャウロンと名乗った破面は、まだ話し続けている。
「ただし。NO.10以上は単なる発生順ではなく、力量順です。十刃と呼ばれるのがそれです。貴方たちがその知識を得る必要は、ないでしょうがね」
その霊圧が、しゃべっている間にもどんどん高まってゆく。日番谷隊長が、組んでいた腕を解いた。
「貴方がたの霊圧ではね! 今、私たちが殺して差し上げる!」
そして金髪の男が先手を打ち、日番谷隊長に向って一足飛びに斬りつけた!



* last update:2011/9/18