「松本っ、朽木!」
日番谷隊長が鋭く声をかける。
「はい!」
間髪いれず松本副隊長が返す。
高まった霊圧で光芒をまとうその両掌を前に突き出すのを見て、私も倣った。
「破道の六十三! 六杖光牢!!」
二対の掌が、さらに強い輝きに覆われる。詠唱と同時に、空中に十二本の光の柱が現れた。
柱の先は、金髪の男の胴体に向かって殺到する。一瞬動きを止めた男の胴体に、次々と突き立った。
日番谷隊長に向かって斬り下ろした刃は、その銀髪に触れるか触れないかのところで、止まった。

「こ、この……」
金髪の破面は、身をよじって自分に突き刺さった柱を振り払おうとする。
押さえる私たちの額から、一気に汗が噴き出した。
―― なんという力だ……!
その痩せぎすの体型からは想像もつかない力だった。
でも、力に負ければ、またこの破面を自由にしてしまう。
松本副隊長が、かすかに呻いたのが分かった。私は歯を食いしばる。
限定解除の対象になっていないのは、この場で自分だけなのだ。
唯一ハンデを負っていない自分が、ここで力負けするわけにはいかない。


「甘い」
日番谷隊長が冷静に言い放つと、氷輪丸の切っ先を金髪の破面に向ける。
その白銀に輝く刃が、動きを封じられた破面に向って振り下ろされた刹那、シャウロンの声が聞こえた。
「甘いのはそちらです」
日番谷隊長が振り返るのと、シャウロンが背後から斬りつけるのは同時だった。

「ちっ!」
日番谷隊長が舌を打ち、その身を翻す。振り返りざまに叩きつけた氷輪丸とシャウロンの刃がぶつかり合い、火花が散った。
火花の向こうで、ニヤリとシャウロンが唇を歪める。
と、鍔競り合っていた彼の刃が、突然二本に分裂する。まるで鋏のような外見だった。
一本は氷輪丸を押さえ込み、もう一本が無防備な日番谷隊長の胸を狙う。

「阿散井っ!」
ルキアが驚いたことに、日番谷隊長はその瞬間目を逸らし、背後の恋次を振り返った。
恋次が返事を返す前に、その姿がフッと瞬歩で掻き消える。
一瞬置いて、シャウロンの刃が空を切った。

「……瞬歩か!」
シャウロンの独白と、
「吼えろ、蛇尾丸!!」
恋次の始解の叫びが重なった。

突然姿を消した日番谷隊長の行方に、破面たちは明らかに気をとられていた。
そのため、恋次の攻撃に気がつくのが一瞬だが、遅れた。
「イールフォルト! 戒めを解け!」
シャウロンが、六杖光牢で押さえつけられた金髪の破面に怒鳴る。
その頃には、恋次の蛇尾丸が巨大な大蛇に姿を変え、イールフォルトと呼ばれた男に迫っていた。

「舐めるな!」
イールフォルトが歯を食いしばり、拘束する力を跳ね飛ばそうと、霊圧を高めた。
「くっ!」
とんでもない圧力が、六杖光牢を放つ私の腕を襲った。
―― ここで逃げられたら終わりだ!
あと、数秒。蛇尾丸がイールフォルトを貫くまでの間、持たせなければ。
そう思った直後、太った破面が大蛇の真上に現れた。

「ナキーム!」
イールフォルトが、その姿を見て叫ぶ。
そのときには、ナキームの刃が、蛇尾丸の頭を狙って振り下ろされていた。
激しい音と共に、蛇尾丸の首の辺りが崩れ落ちる。
「ふっ、やはり弱……」
ナキームが、途中で言葉を途切らせた。

「舐めるな、は。こっちの台詞だ」
砕け落ちた蛇尾丸の真下で、日番谷隊長がスラリと氷輪丸を抜き放った。
「こいつ……!」
叫び、そのまま空中を落下しながら刃を振り下ろしたナキームと、跳躍し氷輪丸を振りかぶった日番谷隊長の体が空中で交錯した。
鋭い金属音を残し、すれ違う。

その直後、血を吹いて倒れたのは、ナキームの方だった。
「まず一体」
刃に絡みついた血を一振りで払い、日番谷隊長は落下していくナキームを、感情のない瞳で見下ろした。
―― 強い……!
本来の力を80%もそぎ落とされているにも関わらず、圧倒的なその剣技に、私は一瞬見とれた。


「貴っ様……」
イールフォルトがギリ、と歯を食いしばる。
そして、爆発的に霊圧が高まったその瞬間―― 
彼を拘束した十二本の光の柱のうち、半分ほどがなぎ払われた。

「恋次! 遅いぞ!」
「分かってる!」
首を砕かれたはずの蛇尾丸の目が、再びギラリと輝いた。
至近距離から、イールフォルトの胴へ喰らいつく。
「ぐおぉぉ……」
歯を食いしばり、なお抵抗しようとしたイールフォルトの眼前を、灰のような白い粉がキラキラと舞った。

「唸れ、灰猫!」
一瞬、蛇尾丸の口に噛みつかれたイールフォルトの体が、灰に覆われたように見えた。
そして、瞬きするほどの間に、その体が、凍りついたように動きを止めた。
「……砂?」
シャウロンが怪訝そうに眉をしかめた。
風が吹いた直後、イールフォルトの全身がまるで砂のように崩れ、蛇尾丸の口から零れ落ちたからだ。

「二体目……」
私たちはスッと日番谷隊長の元へ引く。
そして一斉に斬魂刀を構え、残り二体の破面と対峙した。


「油断するからだ、バカどもが」
シャウロンが、二人が消えた方向を見やり、苦々しく呟いた。
「悲しまないのね。仲間が殺されたのに」
松本副隊長が抜き身の灰猫をかまえたまま、瞳を細めて見返す。
日番谷隊長の背後に、ぴたりとつけていた。

「私どもには、心がないものでね。特に、死神風情に敗北する、愚か者には一片の憐憫の情も湧きません」
「死神風情とは、言ってくれるじゃねぇか。……とっとと続き、やろうぜ」
恋次が、ズイと前に出た。やはり元十一番隊の血が逸るのか、その頬には愉悦の表情が浮かんでいる。

今倒した二人は、敵のNO.2とNO.3。
シャウロンがどれほど強いかは未知数だが、最弱となる白髪の破面の力は、大したことはなさそうだ。
この戦いの勝利を八割がた確信した時。ニヤリ、とシャウロンが笑った。
「勝利宣言にはまだ早いですよ、死神」
「馬鹿でかい霊圧がひとつ……」
日番谷隊長が、ぽつりと呟いた。私たちも構えた姿勢を崩さないまま、その霊圧を探る。

いつの間に現れたのか、ここから数キロ離れた上空に、一体の破面の気配があった。
動いてはいない。ただ佇み、周囲の霊圧を探っているかのように動かない。
霊圧は、ここにいる破面の数倍はあるだろう。
今のこの状態で戦いに乱入されれば、形勢が逆転される恐れも十分にあった。

こわい。
戦いのさなかに紛れ込んできた感情が恐怖だとは、決して認めたくなかった。
必死で考えを振り切り、前を見ることに集中する。
死神として危険な目に遭ったのは一度や二度ではないが、それでもこれほどの実力差を感じたのは初めてだった。


日番谷隊長はいつもの無表情のまま、風のにおいを嗅ぐように顔を上げる。
「……南に斑目と綾瀬川。斑目が交戦してるな。北に黒崎。井上の家周辺にいる。破面は……」
言葉は、途中で途切れた。
ルキアもその理由をすぐに察する。巨大な破面の霊圧が、高スピードで動き出したからだ。

「……ま、そうくるでしょうね」
乱菊が頭を掻いた。狙いが織姫で、いまや彼女の居場所が見つかっているとするなら、向かわない道理がない。
「……一護!」
私は思わず、北へ視線を向けた。
一護の霊圧が織姫を離れ、破面に向かうのを感じ取ったからだ。
織姫を少しでも戦場から離したい気持ちは分かる。
しかし、これほどの敵と一対一など、一護に勝ち目があるとは思えなかった。


その時。
ぞわり、と全身の産毛が逆立った。

「気が逸れましたね!」
振り返った肩越しに、シャウロンが私に向って掌を向けるのが見えた。
その掌の中で、光の玉が急速に膨らむ。
―― 虚閃!
気づいた時には、直径数メートルはある虚閃が、一直線に私の方向へと放たれていた。



* last update:2011/9/19