審判の時が、近づいている。

誰が生きるべきで、誰が死ぬべきか。
本来なら例え誰であろうと、他の誰かの生死を決めてはならないのだろう。
それが、優等生の回答だ。
天地開闢以来、強き者が弱き者を殺すことで生きながらえてきた事実に目を伏せて。



「面倒くさいねぇ。どーも……」
大きなワイングラスに、手酌でワインを注ぐ。
血のような……という表現は、この場合洒落にならないな。
椅子にゆったりと背中を預け、真紅の液体がグラスの中でたゆたうのを目で愉しむ。

天頂に立つこの身からすれば、断片(ピース)の動きは手に取るように分かる。
次にどう動き、どの目が出るのかも。
「ただ座して結論を待つのみ、か」

アガリがどうなるか分かっている双六を見ているようなものだ。
最期にどうなるかは一目瞭然、しかしそこにたどり着くまでに、どの道筋を辿るかはまだ分からない。
進んでは戻り、悪戦苦闘するコマを眺めるくらいしか、実際やることもない。

その、はずだ。
「でも、それだけじゃぁ、つまらないな」
俺は、「不確定要素」と名づけられた者たちに思いを馳せる。

薄暗い白壁に向って、人差し指を指してみせる。その先にモニターのような画像が浮き上がったのを見て、それを眺めやった。



そこには、日番谷冬獅郎が映し出されていた。
布団に仰向けに横たえられ、静かに寝息を立てていた。
さきほどまで浮かべていた苦悶の表情は消え、まるで頑是なき子供のようだ。
布団の傍らには、鞘に納められた氷輪丸が、主人に寄り添うように置かれていた。
「……氷輪」
その名を口ずさむと同時に、覚えず口角が上がっていた。

そして立てた人差し指を、空中で滑らせた。
日番谷冬獅郎の隣に、今度は黒崎一護の画像が映し出された。
壁も床も天井も真っ白に塗られた建物の中を、一心不乱に駆けている。

若干十六歳。たった半年で、隊長と肩を並べるまでに実力をつけた少年。
父親の血を考えれば素質は疑いようがないが、それでもここまでとは誰が予想し得ただろうか。
実際護廷十三隊も、裏切った藍染以外は誰も彼には勝てなかったのだから。
「この戦争に、どこまで絡めるかねぇ」
絶対的な逆境を切り開くのは、才能でも経験でも、実力でさえない。
何が何でも突破しようとする情熱だ。
それが、この少年を「不確定要素」とした理由だ。


その時。もう一つの映像が、黒崎一護の隣に現れた。
場所は、瀞霊廷。
山本総隊長の姿が映っていた。

廊下を大股で歩いてゆくその表情に、いつも部下に見せているような覇気はない。
深く物思いに沈んでいる、貌(かお)だった。
画像からは音は聞こえないが、ぎぃ……と重々しい扉を開けた時の音が聞こえた気がした。

薄暗い部屋の中に映し出されたものを見やり、俺は目を細めた。
「あぁ、山本総隊長。あんたの読みは今日も正確だな」
山本総隊長が見ていたのは……
黒い布。黒い鉦(かね)。黒い装飾。黒の。黒の。
既に百年以上は使われていないはずの、隊首用の隊葬具だ。
今残されている十名の隊長の顔が、俺の脳裏をよぎってゆく。

山本総隊長。砕蜂。卯ノ花。朽木。狛村。京楽。日番谷。更木。涅。浮竹。

「なァ、総隊長殿。死ねと部下に命じておいて、今更じゃないか?」
冷徹な瞳で、モニターの向うの山本総隊長を凝視する。
節くれだった右手の掌で、顔を覆い俯くその姿を。
今更アンタに、それを悲しむ権利はない。
アンタが決めたことじゃないか。


最初に死ぬ者は誰だ?