是非も、善悪も興味はなかった。
任務は遂行する。必要であれば誰であろうと殺す。それだけだ。

血も涙もない女だとか。
組織の傀儡(かいらい)だとか言う輩がいるのは知っている。
しかしそんな者どもは、死神たる矜持を見失っているに過ぎないのだ。
死神とは、ソウル・ソサエティが秩序を護り存続するための道具である。
道具に心などない。ただ命に従い、敵対するものは排除するだけだ。

―― そう・・・
砕蜂は、右手の中指に被せた、鋭利な刃物を見下ろした。
それこそが砕蜂の斬魂刀「雀蜂」。
どんな敵をも二撃で殺すことができる、暗殺に最も適すると呼ばれる愛刀だった。
その金色の光に、砕蜂はスッと目を細める。
「死神には感情など・・・心など不要だ」
酷薄な瞳で、刃を見下ろした。

「あとどれくらいで天道教の本山に着く」
「30分です」
砕蜂の後ろにぴたりとついた隠密機動のひとりが、無表情で砕蜂にそう返した。


日付は、2月18日午後。
砕蜂が総隊長から命をうけ、三日の時が流れていた。
その宗教団体に忍び込んだ隠密機動が、斬魂刀に比する力を持つという事実を突き止めて戻ってきたのが17日の夜。
砕蜂はそれを聞き、直ちに100名の隠密機動を率い、その団体がある北流魂街へと向かった。

「奴らの力、護廷十三隊の一隊ほどの力はある、と言ったか」
「は。隠されている霊圧なので正確なところはわかりませんが、測定ではそう出ました」
「よくそれほどまでの力を、隠し持てたものですね・・・」
別の隠密機動がそれを聞き、呆れたような声を出した。

確かに。
護廷十三隊の一隊ともなれば、通常ソウル・ソサエティ内に敵はない。
それだけの力を、一介の僧達が持っているというのか?にわかには信じがたかった。

「彼らが持つのは斬魂刀ではなく、錫杖の形をしています。炎熱系の力を持つようです。人数は50名弱」
「炎熱系だと・・・?」
「氷雪系の死神に助力を請うべきでは・・・」
報告を聞いた隠密機動の中に、どよどよと声が広がる。
それを、チラリ、と砕蜂が冷たい目で睨みつけた。

「隠密機動たるものが、他の死神に助けを求めねば任務も遂行できぬか。できぬなら名乗りでよ、今すぐ斬って捨てる!」
その小さな体から発せられた尋常でない殺気に、周囲は一斉に黙り込む。
砕蜂が冗談でそういっているわけではないことを、皆知っているからだ。
敵は身内に在り。つまり、仲間内の異端分子は、敵よりも厄介だ。
そう考えている砕蜂の粛清の対象になった隊士は、決して少なくはない。

「油断するな。拘引できればよし、できぬなら、2人一組になって1人ずつ殺せ」
だん、と砕蜂がその足を止める。目の前には、巨大な寺の門がそびえ立っていた。
「天道教」門の上には、黒々と炭書きされた板が掲げられている。

門の前に立っていたのは、黒い法衣をまとった二人の男だった。
門番と見える二人は穏やかに談笑していたが、砕蜂たちの姿を見止めると同時に、その顔色が変わった。
「お前たち・・・死神、か?」
「分かっているなら結構」
砕蜂は抑揚の無い声音で言い捨てる。
そして、体を固くしてこちらを睨み付ける男達が手にした、錫杖に目を遣った。

―― これが「斬魂刀に比するもの」の正体か・・・

いくら霊圧を隠していても、百戦錬磨の砕蜂の目は見逃せない。
「斬魂刀に比する力を隠し持つことが罪であることも、その様子だと分かっているようだが?」
唇を噛んで黙った男たちに、砕蜂は目の色も変えずに告げる。
「代表者を呼んでもらおう」

 

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中々立派なものだ。流魂街にこれほどの建築があるとはな・・・
隠密機動ともども門内に通された砕蜂は、ちらりと周囲を見やる。
それは、確かに50人以上の人数は住めそうな、堅牢な木造の寺院だった。

―― 霊圧が、報告と違う・・・
ちっ、と砕蜂は心中舌打ちをする。
巧妙に隠されてはいるがこの気配。もしかすると、我らの力の総量をも上回る可能性がある。
そう思ったとき、ざっ、と土が鳴った。

「私がこの天道教の当主、天道清十郎という。お前達は死神と見受けられるが」
「死神、で結構。名前など必要ない」
穏やかな、と言ってもいい口調を、砕蜂は斬り捨てるように返した。

中年か初老に見える、白髪の男。
顔には縦横無尽に皺が刻まれているが、意外と年齢は若いのかもしれない、と砕蜂は見て取る。
その力は、恐らくこの寺院内で最も大きい。
―― 私とは比較にならんがな。
天道清十郎という男の力が5としたら、始解状態の自分で7か8。
瞬時に砕蜂はそう目分量をつけ、清十郎に向き直った。


「斬魂刀に比する力を隠匿することは重罪だ!
ただちに、力の源たる錫杖を我々に渡し、縄につけ!それが出来ぬなら力づくで拘引する」
寺内に朗々と響き渡った砕蜂の声に、様子を伺っていた僧たちが、ぞろぞろと姿を見せる。
「横暴だ!」
「我々の事情も知らずに・・・」

「待て!」
死神達に近づこうとする僧たちを、清十郎が制した。
「死神よ。我らには、力を失えない理由がある。力を使わず、ただ持っている理由がある」
「何を言うかと思えば、理由など。理由がなんであれ処遇は変わらぬ」
「ここに来る途中、村や町を見たか?」

清十郎は遮るように強い口調で言うと、砕蜂をまっすぐに見た。
「北流魂街では珍しいほど、栄えていただろう?それは下賎な輩が、我らの力を恐れて近辺の地域を襲えぬからだ。
我らがもしも力を失えば、この地の平安は失われる」


確かに・・・と、砕蜂はやってくる途中の町や村を思い出す。
決して治安がいいはずがないエリアにしては、驚くほど栄えていた。
街では子供が遊び、大人が談笑し、死の匂いはまるでしなかった。

しかし・・・そこで砕蜂は考えを断ち切る。
「治安の維持は、死神の役割。貴様らの出るところではない」
「しかし、ソウル・ソサエティ全土を死神だけで護ることなど不可能だ!
死神はそれを認め、我々のような民が自衛の力を持つことは認めるべきだ」
「瀞霊廷の規則は絶対だ!例外は認められない」
砕蜂はにべもなく言い放った。

対峙する清十郎はそれには答えず、一歩も退かぬ、という表情でこちらを見ている。
じり、じり、と周囲の僧たちが間合いをつめてくるのが分かった。
―― 本気でかかってこられると、厄介かもしれんな。
まともにぶつかり合うのは避けたかった。
実力が伯仲している以上、こちらにもある程度の犠牲が出るのは間違いないだろう。
ここで兵力を失えば、これからの任務に影響が出かねない。

―― さて。どうするか・・・
そう思ったときだった。
カランカラン、と下駄が石畳を鳴らす音に、砕蜂は鋭い一瞥を投げる。

「貴方?一体・・・」
そこにいたのは、紺色の着物をまとった、顔に少し皺が目立ち始めた女だった。
髪を結い上げ、地味な装いではあるが、凛とした気品が感じられる。
その女が向けた視線が、清十郎を向いている。
そう思った途端、砕蜂はためらいなく地を蹴った。
「まずい、逃げろ!」
清十郎の声が初めて動揺を見せる。
しかしその時には、すでに砕蜂は女の背後に回り、その喉元に斬魂刀「雀蜂」を突きつけていた。

「白羽(シラハ)!」
清十郎が一歩踏み出し、女のほうに手を伸ばした格好のまま固まった。
「貴様・・・!」
「妻を殺されたくないなら、錫杖を渡せ」
苦悩にゆがんだ清十郎を前に、砕蜂は無表情で言い放った。