藍染反乱から120年後

 
		
		
すうっ、と音もなく、ひとひらの紙が床にすべってゆく。
「あ」
脚立に乗り書類の整理をしていた死神の娘が、舞い落ちた紙に目をやり、声をあげた。
娘というよりも、人間で言うならば10歳にも満たない、まだまだ少女の顔立ちである。
しんしんと身に響く寒さのせいか、色白の頬が桜色に染まっているのがあどけなかった。
「なんや、えらい昔の書類やな。黄ばんでしもとるわ」
床に立ち、同じように書類整理をしていたもう一人の死神が、節くれだった指を伸ばすとその紙を拾い上げた。
黒髪に白いものが混じり始めた彫りの深い顔立ちと、軽妙な言葉遣いが妙に溶け込んだ男だ。


「五番隊隊長、藍染惣右介の反乱資料……もう、百二十年も前の事件やな」
脚立から降りてきた少女が、男の背後から資料を覗きこむ。
その拍子に、死神には珍しいブロンドの髪が、さらりと肩からこぼれた。
白い壁には、黒塗りの格子窓がはめられている。格子の向こうには、ちらり、ちらりと雪が舞っている。

「隊長格が共謀して瀞霊廷を裏切り、結果的に四人の隊長・副隊長が命を落とした、って書いてあるな。改めてみると凄惨なもんや」
書類に書かれた無機質な文字を、読み上げる。
「あたし、知らないです」
「それはそうやろな。生まれてもおらんやろ」
男は笑い声を上げる。しかし少女は曇った表情のまま、見事な草書体に見入っていた。

「……隊長が瀞霊廷を裏切る時代があったなんて、信じられないです」
「太平の世やからな、ここ百二十年は」
「当時の生き残った隊長たちは、全員今も隊長職に留まってるんですよね? そう考えるとすごいなぁ」
「あぁ。そうや、日番谷隊長なんて、ほんのこれくらいしか背丈がなかったんやで」
男が、自分の腰のあたりを指差してみせる。少女はそれを見て笑い出した。
「いくらなんでも小さすぎですよ。それじゃ、あたしとほとんど変わらないじゃないですか」
「子供やったんや。それでも最前線に立って最後まで戦ったんやから大したもんやわ」
ほぅ、と互いの間に吐いた息が、白く染まる。しばしの沈黙が落ちる。
「お……、日番谷隊長にとっても、『酷』だっただろうなぁ、そんな戦いは」


少女の言葉に、男はわずかに口元をゆがめたが何も言わなかった。
「……寒いと思たら、雪やな」
「わぁ! ホワイトクリスマスだ!」
少女のあどけない声が嬉しそうに弾むのに男は微笑し、格子窓の向こうに視線を転じた。
白と黒以外の全ての色彩をそぎ落とした雪景色は、どこまでも澄んで現実味がないほどだった。