その日の午前。
朝食を終えたくらいの時間帯に、柱たちは三々五々と蝶屋敷に集まりつつあった。
義勇の死の真相を確かめるためだった。柱が鬼との戦いの中で命を落とすのは珍しいことではなく、その都度、柱合会議が開かれることはない。
むしろ問題点だけを言うなら、柱が死んだことよりも、柱を殺した鬼がまだ生きているらしいことのほうが問題だった。

集まった柱達は、蝶屋敷の応接間に通されていた。珍しく洋風の部屋で、大きな一人がけのソファーがテーブルを挟んで置かれている。
ドアの近くでは禰豆子が、綾取りをして遊んでいる。
中心では炭治郎が、悶々とした表情で座っていた。その口から詳細を聞かされ、柱達は一様に微妙な顔をした。
煉獄が太い眉を顰め、指を顎に当てながら言った。
「……ジャンケンに負けたから、冨岡は死んだ、ということか?」
炭治郎は首を横に振ってまじめに応えた。
「いいえ。はないちもんめに負けたから死んだ、という方が正しいです」
伊黒がうんざりした表情で「同じことだろうが」とため息をついた。
「ジャンケンに負けて死ぬとはある意味冨岡らしい。惜しい人材を亡くしたな」
炭治郎が困り果てた顔で立ちあがった。
「伊黒さん! そんなこと言わないで」
なぜか甘露寺も隣で立ち上がった。
「そうよ! 勝てば戻ってくるかもしれないじゃない」
しのぶが、ゆったりと座ったままにっこりと返した。
「負ければ、死者が増えますね」
宇髄が頷いた。
「冨岡には名誉ある犠牲になってもらおう」
皆が冨岡のことを嫌っている、という噂は何となく知ってはいたものの、ここまでとは思っていなかった。
とはいえ、こうやって集まって相談する程度には気にかけてくれている、と前向きに捉えたかった。

カナヲが、その場の空気に一切頓着することなく、にこやかに盆に載せた茶を配っている。
湯呑がふたつ、余っていた。悲鳴嶼と実弥がまだ来ていない。

「そういや、悲鳴嶼さんと不死川がまだだな」
宇髄がようやく気がついたように言った。炭治郎が首を横に振った。
「いえ、悲鳴嶼さんは朝一番に来られて、俺から話を聞くとすぐに出て行ってしまいました」
夜明けからひたすら走りに走って蝶屋敷に戻って報告を済ませ、ぐったりと寝ていたら隣に立っていたから、それはびっくりした。
半分寝ぼけて要領を得ない炭治郎の話を忍耐強く聞き、後は任せておけと立ち去った後姿は頼もしく、さすが柱最古参だと思った。

申し合わせたように、悲鳴嶼がドアを開けて姿を現した。
いくら経験豊富とは言っても、さすがにこんな事態は初めてだろう。しかし動揺したそぶりは全く見せていなかった。
「この件、お館様に報告を上げて、ご意見を伺ってきたところだ」
お館様、の名前が出て、弛緩していた柱たちは皆椅子に座ったままピンと背筋を伸ばした。
「お館様がおっしゃるには、大丈夫、だそうだ」
「だ、大丈夫って……」
炭治郎が言葉に詰まった。何がどう大丈夫なのか、具体的に言わないお館様と、具体的に聞かない悲鳴嶼の姿が容易に想像がついた。
柱達も、互いに顔を見合わせた。

「大丈夫って、何が大丈夫なんだろうな?」
「放っといても死なないってことだろうきっと!」
「いや、むしろ死んでも構わないということじゃないでしょうか?」
勝手なことばかり言っている柱たちをよそに、開いたままだったドアから、ずいっと実弥が姿を見せた。
廊下から漏れ聞こえた声を聞いていたのだろう、その顔はすでにうんざりしている。
「ぶった斬ろうぜ」
端的に言った。実弥の姿を見て、がるるる、と犬のような唸り声を上げた禰豆子を見て、
「何だァ? 鬼娘はすっこんでろ」
と睨み返した。これでも、初対面の時と比べれば相当マシな反応だった。

悲鳴嶼が頷いた。
「そうだ。なぜ斬らなかった? 相手が子供の姿だから出来ない、と言うのではないだろうな」
「いえ……斬ろうとしたんですが、刀が抜けなくて。下弦の伍が自分で言っていました。自分が見ているところでは、はないちもんめのルールにないことはできない、と」
炭治郎がしどろもどろに応える。ケッ、と実弥が舌打ちした。
「面倒くせぇ。俺は抜けるぜこんなの」
俺も私も、と皆が立ち上がりそうになったのを、炭治郎は必死で諌める。
「ちょっと、実弥さん! 皆も待ってください」
「あぁ? お前は俺を柱として認めてねぇんだろ? お役には立てそうにねぇなァ」
「すみませんでした! あの時はすみませんでした!」

パンパン、と悲鳴嶼が手を打ち鳴らし、皆はそれぞれに動きを止めた。
「鬼は野放しにはできん。柱が一人やられたのだ。規則どおり柱二名で向うこととする」
「しかし誰が行くよ……適性もなにもあったもんじゃねぇし」
宇髄が太い腕を組んだ。よし! と煉獄が大声を出した。
「ジャンケンに勝った者にしよう! はないちもんめのルールに従えば、ジャンケンに勝てば冨岡は戻ってくるのだろう?」
「その保障はどこにもないだろう。仮にそうであったとして、向うのが柱である必要はどこにもない。全く冨岡が面倒なことを……」
「起きたことをつべこべ言うのはやめろ、伊黒」
悲鳴嶼が嗜めた。前半の言葉は、他の柱たちに向けられた言葉でもあった。

ぶつぶつ言いながら、柱が集まってジャンケンする姿を、カナヲと炭治郎は顔を見合わせて見守った。
人数が多いからなかなか決まらなかったが、突然、ああ、とかやった、とか声が聞こえた。
「よし決まりだ。一番が不死川、二番甘露寺」
思わず炭治郎が噴出し、実弥に思い切り睨まれて慌ててごまかした。
勝っちゃった、と甘露寺は面倒ごとを押し付けられてもあまり気にしていない表情で、実弥に話しかける。
「きょうだいが多いとよくジャンケンするわよね。私は5人。不死川さんは」
「7人……ていうかそういう問題かよ」
「カナヲ」
不意にしのぶが、盆を手に背後に控えていたカナヲに声をかけた。
「はい?」
みなの視線が集まると、しのぶはにこやかに言った。
「私の継子も同行させましょう」