*一護たち旅禍が来た後。でも何かがどうにかなって、市丸さんは変わらず瀞霊廷にいるという設定です。




「……とにかくだ」
日番谷は腕を組み、屋外の修練場を埋め尽くさんばかりに集まった、隊士たちを見下ろした。
十番隊の隊舎の白壁に挟まれた中庭のようなその修練場は、三百人以上が収容できる。
地面は、常に隊士によって掃き清められているために、雑草ひとつなかった。
秋の空は高く、死覇装だと汗が滲むほどの晴天である。

一メートルほど高い壇上には黒板が据えつけられ、大学の授業の屋外版といった風情である。
小学生のように小柄なくせに、手にした細い棒でパシン、と黒板を叩くのがやけに様になっている。
「鬼道には、炎熱系、電撃系、氷雪系、風空系など様々な属性がある。細かく分ければ、人それぞれ個性があると言っていいくらいだ。
全ての属性が得意な奴なんて普通いない。逆に誰にでも、得意な属性はあるんだ。
自分の属性が何か理解し、それを伸ばすこと。それが第一だ」
落ち着いた口調は、水を打ったように静まり返った死神たちの間に、よく通った。
珍しく薄く色がついた眼鏡をかけているのは、講義にそなえて知的に決めていた、というわけではなく、野外の光がまぶしすぎたからである。

「でもよォ、日番谷隊長!」
ほぉぉ、と聞き入っていた隊士たちの中で、野卑な声が響き渡る。
日番谷は細い眉を、片方だけ跳ね上げた。
「十一番隊の新垣だな。何か」
新垣、と呼ばれた、頭を坊主に刈り上げた筋骨逞しい男は、自分の名を呼ばれたことに驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直して続けた。
「鬼道なんて、本当に死神に必要なんスか? そんなの男の戦法じゃねぇって斑目サンや綾瀬川サンは……」
上がった野次や怒号によって、その男の声は掻き消される。

何を言うか! お前こそうるさいぞ! と飛び交う声の中、日番谷はすぅ、と息を吸い込んだ。
「……鎌鼬」
新垣十一番隊七席にとって見れば、突然耳元でひゅぅっと風が鳴っただけに聞こえただろう。
殺気を感じて目を見開いた瞬間、数メートルにも迫る透明の刃のようなものが視界に映る。
その頬を何かが掠め飛んだ。
全く反応できるスピードではない。コンマ数秒遅れて頬から血が流れる。

「なっ、なに……」
「鎌鼬。真空の刃を打ち出す鬼道だ。そんなのも知らねぇのか」
「真空の刃って、あんた……」
そんなものを、こんな満場の死神が埋め尽くす中で放つか? そう新垣は言おうとしたのだろう。
しかし振り返って、言葉をなくすことになる。背後の死神は、傷一つ負っていなかった。
瞬時に狙った場所に打ち込み、直後に消す。完璧なコントロールができなければ不可能な芸当だった。

「斑目と綾瀬川に言っとけ。なんなら更木に言ったっていい。そんな台詞を吐くのは、俺に勝ってからにしろってな。お前なんて千年早ぇよ」
天才児は、満場の視線を集めながら、シレッと言い放つ。どっと感嘆の入り混じった笑い声が起る。
「で? お前は帰るのか? 聞いてくのか」
「……」
新垣は唖然と突っ立っていたが、ぐいと頬の血を拭うと、どすっ、とその場に腰を下ろす。
その姿を認めた日番谷は黒板に向き直ろうとしたが ―― その直後、思いもしないことが起った。
突然、何の前触れもなく、大きな声が瀞霊廷中に、響き渡ったのだ。
「冬獅郎!!! とーーーしろーーーー!!」
周囲があっけにとられる中、日番谷の頬が遠目にも分かるほどに、はっきりと引きつった。
「あいつ……でっかい声で呼ぶなって、あれほど……!」
「ひ、日番谷隊長?」
「今日の講義は中断! 次回は時間が作れしだい、また告知する」
ええぇ!? という声を尻目に、日番谷は瞬歩で姿を消す。
よほど慌てていたのか、カシャン、と軽い音を立て、眼鏡が壇上に落ちた。