外には、絹糸のように細い雨が、降るともなしに降り続いていた。
傘なしに歩けるが、数分も歩くと袖がしっとりと重くなっているのに気づく。
すっかり、梅雨の景色になっていた。

嫋(じょう)。
琵琶が、静かに庵内に鳴り響いていた。
嫋。
嫋。
琵琶を、まるで小さな娘のように大事に抱え込んだ老人が、一心に弾いている。
高く低く、身に深く切り込んでくるような、たおやかで哀切な音色。

嫋。
たん、と軽く音を立て、華奢な裸足が畳を踏む。
鮮やかな緋色の着物が、外からの朧な陽光の中で、妖しく閃く。
「ほぉ……」
思わず、京楽が口元に運んでいた杯を離し、嘆息した。
「美しいねぇ」

松本乱菊が、老人の琵琶に合わせて舞っているのだった。
青い瞳をスッと細め、きりりと黄金色の髪を結い上げた彼女は、まるで精巧な操り人形のようだ。
おとがいをスッと反らせた彼女の姿は、死神とは思えないほどに脆くたおやかに見えるが、
次の瞬間に手にした扇を振り下ろした時の鋭さは、ただの舞いとは思われない。
時に艶美に、時に力強い舞踊は、世界広しと言えども乱菊だけの持ち味だと見えた。

ただ見ているだけで、琵琶と乱菊が紡ぎだす世界の中に吸い込まれそうになる。
琵琶の演奏がますます熱を帯び、乱菊の動きはますます激しく移ろう。
京楽、七緒と浮竹、清音が息を詰めて見守っている中……
パン、と扉が引き開けられた。


「オイ松本、お前仕事もしねぇで、こんなトコで何……」
その場の空気を一切無視し、いつもの調子で現れたのは日番谷だった。
しかし、中を覗きこむなり言葉を止め、ぴたりと立ち止まった。
まるで自分も、その舞台の登場人物になったかのように。琵琶は途切れず流れ続ける。

金の髪と、銀の髪。
翡翠色と、空色の瞳。
躍動する紅と、静止する黒。
相容れないようでいて溶け合っている絶妙な色彩が、瞳にここちよい。
「んー……」
京楽が二人を見比べ、感に堪えないようにため息をついた。
「できすぎた絵みたいだね、この二人は」

乱菊は、自分を見つめる日番谷を見返す。
無表情だったその瞳に、嫣然と笑みが刻まれた。
嫋。
最後の一音と同時に、乱菊はそれは見事に、日番谷の前で頭を垂れたのだった。


***


「ったくよ。こんなに仕事溜めといて、呑気に踊ってんじゃねぇよ。働け!」
「はいはーい」
「返事は一回。語尾は伸ばすな」
「はいっ!」
ぶつぶつ言いながら先を歩く日番谷と、その後をなぜだか嬉しそうについていく乱菊。

それを、背後から見守る人物がいた。
噛んだ爪が、ぎりぎりと音を立てる。
「許せない……日番谷、冬獅郎」
押さえきれない声が、口から漏れた。