「おっ、お疲れ様です!」
慌てたように死神達が頭を下げてくるが、そんなものは俺の視界には入らない。
俺の視界に入っているのはただ、前を行く女性、松本乱菊さんその人だけなのだ。
金色にキラキラと輝く髪。明るくて優しそうな笑顔。
そしてあの豊かな女性らしい……いや、それ以上は何も言うまい。
さっき盗み見た庵での乱菊さんの舞いは、気絶しそうに美しかった。

俺は庵の影から、乱菊さんと日番谷冬獅郎が話しているのを、こっそり見守っていた。
乱菊さんがふざけたように日番谷冬獅郎の肩に手を置くが、迷惑そうにすぐに振り払われてしまう。
もったいない、と思う。
俺が、あの場所、あの立場にいたら……と、思わずにはいられない。
俺はあの女性に恋しているのだ、と思い知るのはそんな瞬間である。

乱菊さんと触れ合い、一緒にいられる権利を誰よりも持ちながら、
その権利を湯水のように浪費している男、日番谷冬獅郎。
許せない。再び思う。


きり……と、唇を噛んだとき。
「おんやぁ?」
のんびりとした声が背後から聞こえ、慌てて振り返った。そして思わず声を上げそうになる。

京楽春水。
すぐ背後まで忍び寄られて、全く気がつかないとは恐ろしい男だ。
「いやァ、君だって隊長じゃない。見た目は」
確かにそうだが……いや、いくら見た目が同じだって、中身は全く別物だってことくらい分かっている。

「好きなのかい? 乱菊ちゃんのこと」
悪戯っぽく微笑みかけられ、俺は硬直する。
まさか、今のこの十数秒の間に、俺の気持ちを察するとは侮れない男だ。
「いや、君……バレバレだし。考えてること」
京楽は呆れたような、面白そうな声でそういうと、喫っていた煙管の煙で円を描きながら笑った。
「そーだっ、乱菊ちゃんに告白してみるかい? 案外、うまくいくかもしれないよ」


えっ?
俺は本気で固まった。
「しかし……そんなこと成功するはずがないのだ。だって、乱菊さんの隣には、いつも日番谷冬獅郎が……」
「まーね。確かに。日番谷君がいたらマズイねぇ」
京楽は俺を見下ろして頷いたが、すぐに笑顔で首を振った。
「でも、だいじょーぶ。僕だって日番谷君と同じ隊長なんだから。ちょっとの間、押さえといてあげるよ。その隙に言っちゃいなよ」
京楽春水。俺にチャンスをくれようというのか。ニヤニヤ笑いがそれっぽくないが、案外いい奴かもしれない、と俺は思って頷いた。