24日、クリスマスイブ。今年のその日は、「ホワイトクリスマス」にも程度があると思うような雪だった。十番隊舎の窓にも、さらさらと細かい雪が当たっていた。
「うわ、ホントすごい雪ですねぇ。外の仕事は今日は無理かな」
乱菊は、窓の外を見やって呟く。
「仕事に雨も雪もあるか……」
「机に突っ伏して言っても説得力ないですよ、隊長」
いつもしゃんと背筋を伸ばしている姿が信じられないほど、今朝の日番谷はぐったりしていた。昨晩は家に帰れたのだろうか、と乱菊はそれを見下ろして疑う。この疲れようでは多分、朝方まで仕事をして、それから自室に戻って一風呂浴びてまた出廷してきたのだろう。眠くて当たり前だ。根がマジメなのだろうが、何でも一旦始めると根をつめすぎるのは悪い癖だ、と乱菊はため息をついた。
「はい隊長。目、覚ましてください」
とん、と日番谷の前に、熱い茶を置いた。
「珍しく気がきくな」
「珍しく、は余計です」
日番谷が湯呑を手に取った時、扉がノックされた。
「はいはーい、どちらさん?」
乱菊が扉に向かう。開けようとした時、扉が勢いよく向こうから開かれた。
「メリークリスマース!」
パーン、と爆発音と共に、クラッカーの中身が執務室の中に降り注いだ。そして、冷たい風と共に満面の笑みで部屋に飛び込んできたのは……
「やちる! アンタはまだ分かるけど、雛森まで! ていうか何人いるの?」
それぞれに赤いマフラーやストール、手袋を身につけた女死神たちが、やたらとテンション高くきゃいきゃいと騒いでいる。その数、20人近い。
「次行こーー!」
やちるの元気そのものの声が響き、まるで嵐のようにその群れは過ぎ去った。

「え……と」
乱菊は火薬の匂いただよう部屋の中で、はしゃぎながら駆け去っていく死神たちの背中をぽかんとして見送った。まさか、このテンションを保ったまま、次は十一番隊の更木のところに行くつもりだろうか。斬られたりしないだろうか。やちるがいるから大丈夫だとは思うが……
「今日はクリスマスじゃねぇ、まだ前日だ!」
しーん、とした部屋の中から、日番谷の声が聞こえた。
「えへ、あたしが残ってるのバレちゃった?」
「バレバレだ、バカ野郎」
ひょい、と雛森が廊下から姿を現し、部屋の中に顔を覗かせた。憮然とした日番谷の表情にも全く臆することなく、軽い足取りで部屋の中へと足を踏み入れた。
「意外と詳しいね。クリスマスなんて日にちも知らないと思ってたのに」
「うるせぇよ」
逆立った髪に絡まったクラッカーの中身を振り払いながら、日番谷は非常に機嫌が悪そうだ。銀色のツリーを飾りつけたみたいだ、雛森はそれを見て笑いをかみ殺す。この子やっぱり大物だ、とその様子を見守った乱菊は思った。自分だったら、機嫌の悪い日番谷を見て、にこにこしていることなんてできない。きっとその後、極大の雷が落ちることは分かりきっているからだ。
 しかし日番谷は、そのまま机に伏せた。どうやら、本当に顔をあげているのが辛いほどに眠いらしい。
「どうしたのよー、日番谷くんたら」
「クリスマスは分かった。分かったから帰れ」
手だけ上げて手首の力を抜き、ヒラヒラと振って見せた。そのおざなりな態度に、雛森はぷぅ、と頬を膨らませる。早足で隊首机に歩み寄ると、日番谷を見下ろした。横目で見上げてきたその表情は、「しょうがねえ奴」と言っている。……同じだ、と思う。こないだ自分が倒れたときに見せた、日番谷の表情と。その無関心振りが、なんだか妙に悔しくなって、雛森は声を上げた。

「なーによ! 日番谷くんの癖に、女の子に夢中になったりしてさ」
「……は?」
日番谷は、ひょいと顔を上げた。虚をつかれたような無表情に、雛森は続ける。
「女の子へのプレゼント、探してるんでしょ?」
しばらくの沈黙があった。
「ホラ! 何も言わないってことは図星?」
その優秀な頭の中を、いくつもの言い訳がよぎったはずだが……日番谷は、妙に長いため息と共に、机の上に突っ伏した。やってられない、という素振りに、雛森は目をしばたかせる。
「ら、乱菊さん? なんで笑ってるんですか?」
同時にぷっ、とくぐもった声で噴出した乱菊を、雛森は不思議そうに振りかえった。
「誰、なの?」
気になっていたのだ。日番谷が惚れた女とは、一体どういう外見で、どういう性格なのか。可愛らしいタイプか、それとも乱菊のように年上が好みなのか、はたまたお嬢様なのか。我ながら想像力がたくましいと思うが、あれこれ考えると止まらなくなり、昨日はなかなか寝付かれなかったのだ。
「か・え・れ」
「はい?」
日番谷の喉から漏れた低い声を聞き漏らし、雛森は顔を寄せた。途端、雛森が身を退くくらいの勢いで、日番谷が机から顔を起した。
「帰れっつってんだろ!! 仕事の邪魔だ!」
「へっ!? はいいっ!」
仕事なんてしてなかったじゃない、という反撃も浮かばないほど、その声は大音量だった。まるで癇癪を起した子供のようだ。ただ、子供にしては迫力がありすぎる。雛森は飛び上がると、反射的に部屋の中から飛び出した。

「あー、隊長?」
「なんだ」
「笑っていいスか?」
「笑ったらコロス」
物騒な言葉を吐く上官を、乱菊は肩をすくめて見下ろした。怒鳴った拍子に机から落ちそうになった書類を、まとめてトントン、と揃える。
「見つかったんですか? 例の花」
その銀髪を見下ろしながら、さりげなくそう尋ねた。日番谷の髪がピクリと動いたが、何も返さなかった。
「警告、したと思ったんですけど?」
そっ、と揃えた書類を机の上に置いた。
「唆(そそのか)したのもお前だろ!」
ため息混じりに、日番谷は背もたれに背中を投げ出した。自分を見ようとはしない少年の肩のあたりを、乱菊は見下ろす。誰よりも強くて、誰よりも理性的で、誰よりも優しく、それゆえに危うい。
「もし痛い目にあったら、あたしのところに来ればいいですよ」
乱菊は自分の胸を親指で指して見せた。
「あたしの胸でドーンと受け止めてあげますから」
「……男前だな」
返されたのは、よりにもよって、あまりにも場違いな答え。
「アタマ冷やしてくる。仕事になりゃしねぇ」
立ち上がった日番谷の背中を、見送る。
「ありがとう、松本」
その言葉には、いくつもの感情が織り込まれている。
チラリ、と振り返って呟きのように漏らされた一言に、乱菊はただ微笑んで見せた。