「……それは」 一護がぐっと詰まり、夏梨が大きく一歩、一護のほうに踏み出した。ちらり、と夏梨は、氷輪丸を取り出した穴の中に視線を走らせる。 ―― 氷輪丸だけじゃない。 見えるのは、刀が後四本……いや、五本か。一本一本、暗がりの中で土ぼこりを被りながらも、ゾクリとするような鈍い輝きを放っていた。 それが、昨日会ったあの六人のものだと予測するのは、難しくはなかった。 「一兄!」 「黒崎サン!」 そのとき、地下に身を躍らせたのは、浦原喜助だった。ほとんど音も立てず、ヒラリと地上に足を着くと、立ち上がった。 「たった今、『七人目』の霊圧が確認できました」 「七人目?」 一護が、鸚鵡返しに問い返した。 「ちょっと待て……それってどういうことだ?」 チラリ、とウルキオラが浦原の顔を見やる。その表情は、まったくの無表情のままだ。対する一護の声は、明らかに動揺している。 「シロかクロかってことですか?」 帽子の鍔の向こうの目は、冷徹なまでに鋭い。 「限りなくクロですよ。アナタも知ってるでしょう。『七人目』は、ありえないんですよ。そしてその人物は、日番谷サンのところへ向かっている」 ぐっ、と一護が唇をかみ締める。 「浦原サン! 冬獅郎のところに行ってくれ!」 「無理ですね」 浦原の言葉は、簡潔だった。 「もうじき、大事な連絡をしてくる人たちがいるんでね。アタシは準備をしないといけません」 浦原と一護が視線を交し合う。それは切れそうなほど鋭かった。しかし一護はすぐに、わかった、というように頷く。 「じゃあ、コイツと決着をつけて俺が行く」 「俺を倒せると思うか? 俺に手も足も出なかったお前が、五年でどう変わるというのだ」 五年。 その言葉に、夏梨は顔を上げる。そして一護の顔を見て……すぐに逸らした。 「五年間、か」 違う。 こんなのは、一兄の声じゃない。 「ずっと思ってたんだ。てめえらは、絶対に許さねぇ!!」 「一……!」 こんなのは、一兄の言葉じゃない。夏梨が声を張り上げようとした時、それよりも高く地面が鳴動した。 ビシッ!! 斬月に光芒がまとわりつくと同時に、刀の真下の地面にヒビが入った。 「ダメだ、一兄!!」 夏梨の言葉にも、反応しない。兄の怒りが、空気を鳴動させている。夏梨は、一護がこれほど激しい怒りを露にするのを初めて見た。 「……天鎖斬月」 その言葉は、さっきまでの一護の剣幕と比べれば、穏やかに聞こえた。 しかし。 その言葉に文字通り、天が震えた。 夏梨は、確かに見た。一護が刀を一振りした先に、斬月の数十倍はある、巨大な霊圧の刃が現れたのを。 それは、疾風のような速度でウルキオラに迫る。ウルキオラは、とっさに刀を体の前にかざしたが、間に合わない! いや、間に合ったところで、この一撃を受け止めることは出来なかっただろう。 短い叫びを残し、ウルキオラの体が、霊圧の刃に弾き飛ばされる。その一撃はウルキオラだけではなく、背後の岩盤をも同時に吹っ飛ばした。 「うわ!」 烈風が吹き、地面に伏せた夏梨は、顔を上げて思わず悲鳴を上げた。 見上げた頭上に、巨大な1メートルほどの岩が落ちてくるのを目にしたからだ。 ―― 避けられねえ! そう思った時、ヒュッ、と空を切り、巨大な何かが夏梨に向かって飛んだ。 目をつぶった夏梨の頭上で、岩にぶち当たり、その方向を変えたのは、斬月の鞘だった。 ドン、と重々しい音を立てて、逸れた岩が夏梨から1メートルほど離れた場所に落ちる。それよりやや離れて、鞘が転がった。 「一、兄」 「危ねぇぞ。下がってろ」 夏梨は、ギュッと唇をかみ締めて、兄の背中を見やった。その声は、いつもの兄に戻っている。でも……その断固とした背中は、決して一護が止められないことを示しているようだったから。 「……夏梨さん。言うとおりにしてください。アナタでは、この戦いをどうすることもできません」 浦原が、後ろからそっ、と夏梨の肩を掴んだ。 「けど……」 夏梨の声が、かすれる。その間にも、地面に膝を突いたウルキオラに、一護が少しずつ歩み寄っていた。 「てめーには、聞きたいこともあるんだ」 一護の声が、底冷えのするものに変わっている。 「てめーは、五年前のあの戦いで瀞霊廷に行ったと思ってた。行ってねえのか? それとも、行って『戻ってきた』のか? どっちだ」 ウルキオラは、その問いに無表情のまま答えない。服のあちこちが破れているが、痛みも感じていないようだった。 「戻ってきたって、どういう……」 「そんなことより、夏梨サン。アナタにできることがある、と言ったらどうします?」 背後から聞こえた浦原の声に、夏梨は即座に答えた。 「やる!」 五年前、夏梨は蚊帳の外だった。この五年間感じ続けたやるせない気持ちを、これ以上感じるのは嫌だった。 「……上等」 ニヤリ、と浦原が笑う。 そして、抜き身の氷輪丸を拾うと、夏梨にむかって突きつけた。
last update:2010年 6月26日