真っ赤な毛糸に、サンタやトナカイが編みこんである靴下を目にして、2人の少女はそれぞれ、実にそれぞれらしい反応をした。
「今年はサンタさんに何お願いしちゃおっかな♪」
夏梨とコタツをはさんで、ウキウキした表情でピンクのマジックを手に取っているのは、双子の妹、遊子だった。明るい茶色の髪に、イチゴのアクセントがついたピンを留めている。さっきまで台所で水仕事をしていたために、その指先は赤く染まっている。その手で頬杖をついて、何か書こうと楽しげに考えあぐねているその姿は、「正しいクリスマスの楽しみ方」の教科書に載っていそうだ。
一方の夏梨は、「そーだよな」なんて答えを返しつつ、マジックを器用にくるくると回していた。こんなのは玩具屋と菓子屋の陰謀に過ぎない。だいたい、サンタっつっても親父だしな。年末年始に向けて患者が多いから収入は増えそうだけど、1万越えるとヤバイかな。なんてことを考えていたりする。
「書けた! 見てみて、夏梨ちゃん!」
黒髪ストレートで、目も釣り上がり気味の自分と双子だなんてサギだ、と思いながら、夏梨はその小さな紙を受け取った。その途端……吹いた。
「いや、お前、これはムリだろ!!」
「なんで? サンタさんにダメなものなんてあるの?」
いや、サンタさんっていうか親父が……こんな願い事読んだらどんな反応するか。そっちのほうが夏梨は怖かった。間違いなく怒り狂う。いや、泣くかもしれない。
「でも、夏梨ちゃんだってそう思うでしょ?」
口を尖らしてそういわれて、夏梨は頭を抱え込んだ。……確かに、そうなったら楽しそうだけど。だけど! それは、ここでこういう風に願うもんじゃないような気がする。というか、親父が叶えられる範疇から、あまりにぶっ飛びすぎてる。やがて、がば、と夏梨は顔を上げた。それが叶えられそうな方法を、ひとつだけ思いついたのだ。
「遊子、その紙、ちゃんと靴下に入れとけよ」
「うん!」
「あと、親父に酌しに行くぞ」
「うん! って、関係あるの?」
「説明できねーけど、あるんだよ。早く」
たたた、と階下に下りていった夏梨を、遊子はキョトンとして見送る。そして、ひとりきりの部屋で紙を持ち上げると、ふふっ、と笑って見せた。
そこには少女らしいピンクの丸文字で、こう書かれていた。
「とうしろうくん♪」
その夜。夏梨は、電気を消した部屋の中で布団に包まり、カッチリと目を覚ましていた。階下からは、父親である一心のイビキが聞こえてくる。あの後夏梨のお酌攻撃に遭った一心は、めったにない娘のサービスに飲みまくってしまい、今は正体不明の体たらくである。
―― 許せ、親父……
親父にあんな紙を見せてキレさせるわけにはいかない。大体、親父じゃあの願いは叶えようがない。叶える可能性があるのは……
そのとき、キィ、と音を立てて部屋の戸が開き、廊下の光が部屋の中に細く差し込んできた。
―― 来た!
「ったく、なんで俺が……」
ぶつぶつ小声で文句を言いながら入ってきたその姿に、夏梨は布団の中でガッツポーズをした。見なくても、それが兄の一護だということは当然分かる。夏梨が起きているとは露知らず、一護はそーっ、と抜き足差し足で遊子のベッドに近づくと、靴下の中身を探った。そして、何気なくその紙を見て……カエルが踏みつけられたような声を漏らした。
―― 許せ、一兄……
やっぱり、兄にとってもアレはショックだったか。夏梨の紙も回収し、出て行った一護が、廊下で何かにぶつかっているのを見て、夏梨は心の中で謝った。