五月五日、こどもの日。
日番谷冬獅郎は憤慨していた。


チュンチュン……
柔らかな五月の陽光の中、雀が小さな庭を横切ってゆく。
縁側では、座布団の上で黒猫が一匹、ふわ、と小さくアクビをしている。
その金色の目を細めて、頭を腕で抱きこむようにして眠りに戻ろうとしたが……
ちら、と不機嫌そうな目を、部屋の中へと向けた。そして、ぽつりとつぶやいた。
「何やっとんじゃ、アイツらは……」

光の差し込む、8畳ほどの和室の中央には、ちゃぶ台が置かれている。
そして床の間の方向には、テレビがひとつ。
バイオレンスなBGMが流れる中、隣同士に座る2人の少年は、無言でゲームのコントローラーを握っている。
タタタ……とボタンを連打する音しか、2人の少年は発していない。

黒猫……夜一は、座布団の上から、テレビの画面にうつった、ナレーションを一瞥する。
―― HIT! HIT! じんたさま は痛恨の一撃を受けた!
―― 重ねてそこにラリアーット! 決まったぁ!
―― 残虐非道! 更にその上に卍固め! 鬼、鬼の仕業です!!


「て……」
奥の方に座った、タマネギのような髪型に、真っ赤な髪の少年・ジン太が、初めに発した言葉は「て」だった。
プルプル、と震える手が、つかんでいたコントローラーをバン! と畳に投げつける。
「てんめぇ、冬獅郎! もう我慢できねー!! 直接殴ってやる!」
手を止めた銀髪の少年に向かって、有無を言わさず殴りかかる。


律儀にコントローラーを畳に置いた少年……日番谷冬獅郎は、胡坐をかいた体勢のまま、今まさに自分の頭に拳骨を見舞おうとしているジン太を見上げた。

がんっ!!

一秒後、部屋に鈍い音が響き渡る。
座ったまま放った冬獅郎のラリアットが、ジン太の額に決まっていた。
「……!!」
「卍固めもいっとくか?」
額を両手で押さえ、畳に無言で転がったジン太に、立ち上がった冬獅郎が声をかける。

「あ……あんた鬼や……」
「鬼で結構」
「くっそー。もう1ラウンド!」
そういってジン太が起き直り、涙目でコントローラーを握ったとき。

ぶつん!!

音を立てて、画面が真っ暗になった。一瞬の間をあけて、ジン太が悲痛な叫びを上げる。
「あああー!! データが! データが!」
「全くお前ら、格闘ゲームは禁止じゃ! うるさすぎて昼寝もできぬ」
コンセントのコードを口にくわえた夜一が、ぽい、とコードを畳に落とした。

「お前はいっつも寝てるじゃねえか」
胡坐をかいたままの冬獅郎が、後ろのちゃぶ台のヘリにもたれかかりながら、夜一を見た。
無表情に見えるが、割とキレてることが慣れれば分かる。
「儂は猫だから良いんじゃ。お主死神じゃろ? 泣く子も黙る死神が、こんなトコで何をしとるんじゃ」
「……泣く子も黙る、か」
どうやら、変なところで怒りのポイントに触れてしまったらしい。
コントローラーをちゃぶ台の上に置いた冬獅郎は、ギラリと無意味に夜一を睨んだ。

「なんじゃ? 機嫌悪いのぅ。八つ当たりはよせ」
「八つ当たりなんてしてねえ」
「だったら睨むな」
「睨んでねえ」
ラチがあかん。夜一はため息をついた。
瀞霊廷ではエリート死神かもしれんが、ここじゃただの駄々っ子にすぎんように見えるのは、気のせいか?
菓子でも食わしてみるか。
「おーい。テッサイ! こっちになんか食い物寄せてくれ!」
夜一は、廊下に向かって叫んだ。



菓子で死神を懐柔するんじゃねー、と不機嫌だった冬獅郎は、じゃがりこが案外旨いことを発見して、やがて静かになった。
「で、どうしたんじゃ」
百年前に追放されたといっても、元護廷十三隊の隊長でもあった夜一にとって、日番谷は後輩にあたる。
何か悩みがあるなら聞いてやろうとするのは、その辺の意識が働いている。

「瀞霊廷こども通信って知ってるか?」
しかし日番谷が切り出した言葉は、さすがの夜一も、予想だにしないものだった。
「子供むけの、瀞霊廷通信みたいなもんじゃろ?」
それがどーしたんじゃ、と急に夜一は弛緩する。
これじゃ、特に深刻そうな話は、出て来ようがなさそうだ。
 
「こどもの日特集、とやらで、ガキどもと同年齢の死神……俺と草鹿しかいねーんだが、インタビュー受けさせられたんだ」
「インタビューなんぞ珍しくもないじゃろ。隊長なら。何が問題なんじゃ?」
さらに夜一は弛緩する。ついでにひとつ、大あくびをした。
夜一の疑問をよそに、日番谷はハァ、とため息をついた。

「なんじゃ、そのジジくさいため息は?」
「うるせぇ。インタビューの最後で写真を撮ったんだが、その時に言われたんだ。『子供らしい無邪気な笑顔でお願いします』」
「ぷっ……ぎゃははは!!」
日番谷が言い終わる前に、ジン太が笑い出す。
無邪気に笑う日番谷なんて、テッサイが性転換するくらい想像できない。

「どーせ、リテイク十回、とかやったんだろ!!」
笑え、といわれても口を痙攣(けいれん)させるくらいが関の山の日番谷。
それを見て引きつるカメラマン、流れる気まずい空気。
そして、爆笑する草鹿やちる。
まるで見てきたかのように、その風景を思い浮かべるのはたやすい。

日番谷は、大口を開けて笑い続けるジン太の口の中に、じゃがりこを放り込んだ。
「うっ!」
じゃがりこの先が喉仏を直撃し、ジン太はうめいて黙った。

「……リテイク十回でも、撮れなかったんじゃなかろうな」
「とにかくだ」
日番谷は、バン、と湯のみでちゃぶ台を叩いた。
きっと、撮れてない。それを見たジン太と夜一は確信した。

「死神ってのは怖くて当たり前だ。笑顔でサービスしてどうすんだ」
なるほど。不機嫌の原因はそれか。
死神は、死者の魂をあの世に引き連れてゆくのが仕事だ。
自縛霊や、虚……いわゆる悪霊の類に対しては、力で制圧する戦闘集団でもある。
つまり、人間から見れば、超越者であると共に、恐ろしい存在だ。……その、はずだ。

ただ、百年ぶりに夜一が接するようになったソウル・ソサエティは、
サバけているというか何なのか、おどろおどろしい空気は半減している気がする。
悪く言えば、威厳がない。
―― 明るく楽しく、親しみやすい皆の死神なぁ……
確かに、あまりそういったものは求められていない気がする。

「……」
夜一は、ちゃぶ台の前に座って、しみチョコをほおばっている日番谷をしみじみと眺めた。
「確かに」
威厳がない。
そこまでは言わなかったが、たぶん分かったのだろう、仏頂面の日番谷が茶をぐい、と飲んだ。

「むしろ今怖がられてるのは、死神というよりも死者そのものかも知れんの」
「ん?」
その言葉に、日番谷が夜一を見下ろした。
「何かあるみてえな口ぶりだな」
「バンパイアじゃよ」
悪戯っぽい金色の目を、夜一が日番谷に向けた。

「バンパイア……吸血鬼か。見たことねえな」
「まぁ、国産のは滅多に例がないからの」
「な、なぁ」
当たり前のように話す日番谷と夜一の会話に、ジン太が割ってはいった。
「バンパイアも、ソウル・ソサエティにつれてくのか?」
「ああ」
日番谷はあっさり頷いた。

「ただ、虚(ホロウ)は体から離れた魂そのものだが、バンパイアは死んだ体に魂が取り憑いてる状態だ。
魂をまず、体から引き離さなきゃなんねー分面倒くせぇらしい。まぁ、俺はバンパイアを魂葬した経験はねえけど」
「まぁ、言うても生身の人間じゃ。虚に比べれば力は弱いし、新人の死神でも十分処理できる程度のもんじゃ」

ふーん。
うんうん、と頷きながら二人の会話を聞いていたジン太が、急にバン! とちゃぶ台を叩いて起き上がった。
「じゃなくて! バンパイアなんて、ホントにいるのかよ?」
「なんじゃ、ジン太」
夜一が、からかうような口調でジン太を見上げた。
「心配になったか?あやつらが。なら、一緒に行けばよかったものを」
「……何の話だ?」
日番谷が、目を丸くして夜一とジン太を見比べた。