「と……う、しろう! 冬獅郎か!」
「本当に、騒動に巻き込まれやすい奴らだな。しかし、俺が来るまでもなかったか」
え? と夏梨が聞き返そうとした時、日番谷の銀髪が風に揺れる。
その脇をすり抜けるようにして、一護がその場に飛び込んできた。

「夏梨! 遊子、ウルル! 大丈夫か!!」
ふわり、と黒い大きな鴉のようにその場に舞い降りた姿に、
「お兄ちゃん!!」
涙声で駆け寄った遊子がしがみついた。
「おー、怖かったな遊子!もう大丈夫だ」
大きな一護の掌が、遊子の頭に置かれる。

「間一髪だったな」
その一護の背後に、ルキアがふわりと飛び降りた。
そして、割れたスタンドグラスの桟に飛び乗り、こちらを見下ろしている少年を見上げた。
抜き身の刀が、夕日に照らされて妖しく光っている。
「しかし、貴方が現世におられるとは……日番谷隊長」

「……別に、たいした理由じゃない」
「確かにたいした理由じゃないのう」
チラリ、と日番谷が、不機嫌そうに肩に乗った黒猫を一瞥した。
「夜一殿も」
ルキアが表情を和らげる。

「急に霊圧が膨らんだからの。あわてて飛んできたのじゃが……」
「てめえは肩に乗ってただけだろ」
「細かいことは気にするな」
そして、ひょい、と下を見下ろした夜一が、棺の上に横たわる少女の姿を見て……その動きを止めた。
冷水を浴びせられたかのように固まった夜一に、日番谷は気付かず声をかけた。


「おい、黒崎、朽木! ガキどもを連れてここを離れろ。ここの掃除は俺がしとく」
「あぁ、けど……」
一護は、気遣わしげな視線を、背後に向けた。

―― コイツら……
虚は、見慣れている。
しかし、これはまったく、虚とは別物だ、というのが見た瞬間に分かった。
ぎくしゃくとした骨ばった動き。
漂う濃厚な死臭。
張りを無くし、青白く変色した肌。
埃まみれのスーツ。裾が破れたドレス。
どちらも、戦前かと思うほどに古めかしい。

ギシ、と骨が鳴る音がした。
青白い両手をだらりと前に下げて、ひた、ひた、と一護たちに向かって歩みを進めてくる。
はっきり言って、虚の何倍も怖い。
牙をむき出したその口から、キシャアァ、と人とは思えぬ声が漏れるのを聞いて、一護とルキアは3人の少女を庇いながら、一歩後ろに下がった。


「や! やっぱりここは任せた! 冬獅郎」
「死神の癖に、幽霊怖がってどうすんだ」
ため息混じりに、日番谷がふわり、と一護たちの前に飛び降りた。
「おい、日番谷!」
その耳元で、固まっていた夜一が、突然叫んだ。

「なんだ? うるせぇな……」
「逃げろ! 相手が悪い!!」
「は?」
日番谷が、いぶかしげな眼差しを夜一に向ける。

「何言ってんだ、こんな奴らごとき……」
日番谷が、言い終わる前に、凍り付いていたバンパイアが、ニヤリ、と口角を上げた。
ただし、氷の中で。
その全身から、暴力的ともいえる力が放たれる。
そして、凍りついていたはずの爪が、すさまじい勢いで伸びた。

「何?」
とっさに飛びのいた日番谷の頬を掠め、爪が通り抜けた。
霊圧で形作られる氷輪丸の氷は、普通の氷とは比べ物にならないほどの強度になる。
しかし、それを一瞬で砕いたその男は、笑みさえ浮かべながら、氷の残骸の中から一歩踏み出した。


「おい」
日番谷は、氷輪丸を構えながら夜一を見やった。
「さっき言わなかったか? バンパイアの力は弱くて、新人の死神でも倒せるって」
「言ったが……コイツらは、特殊だ!」
「だからって……」
「先輩の言うことは聞くもんじゃ! いいから逃げろ!」

日番谷は、ムッと唇を曲げたまま、肩に乗っていた夜一をひょいとつかみ、背後の夏梨に向かって投げた。
「そいつを連れていけ!」
「冬獅郎、お前!」
夜一を器用に受け止めた夏梨が、日番谷に向かって駆け出そうとする。しかし日番谷は、それを掌を上げて制した。
「お前らが逃げたら、俺も出る。黒崎、朽木!」
「分かった!」
「はい、すぐに!」
一護とルキアが、3人の少女を抱えようと手を伸ばし、日番谷が刃を構えたのを見て、バンパイアたちは、ニヤニヤと笑った。

「遅い」
「遅いわね」
「それでは」
「間に合わぬのぅ」

気がつけば、バンパイアの数は、十体近くに増えている。
そして、その全員が、上に向かって指を指し伸ばした。
正確には……空中で眠る、美貌の少女に向かって。
「眠れる姫よ、我らに力を!」
「まずい……!」
夜一の叫びが、バンパイアたちの声に重なった。


その言葉に応じるように、ふわり、と亜麻色の髪がゆらめいた。
組み合わせた手の間から、光が満ち溢れる。
「なに……?」
日番谷が肩越しに振り返り……その少女の中で膨れ上がった力に、絶句した。

刹那。

その場は、一瞬のうちに、雷のような閃光に包まれた。



浦原商店の縁側に立ち、ジン太は薄暗い外を見上げていた。
異様な霊圧に気づいた日番谷が、夜一と共に浦原商店を出て、30分。
そしてつい数秒前、空座町の上空を覆いつくさんばかりの強い霊圧に、思わず跳ね起きたのだ。

「なんだってんだ……」
一瞬ハネあがった霊圧は、数秒おいて、ふっと嘘のように消えている。
いてもたってもいられないが、だからといって何をしたらいいのかも分からない。

イライラとジン太が振り返った時。
「うぉ!」
「きゃー!!」
何もない、薄暗い空間から、突然叫び声が聞こえた……と同時に、バタバタと何人もの人間が畳になだれ落ちた。


「おい、冬獅郎! 夏梨、遊子もいるのか……? 全員揃って、どうしたんだ?」
そこにいたのは、バンパイア屋敷に忍び込んだはずの夏梨・遊子・ウルル。
しかし、3人の少女は、青ざめた顔で目を閉じたまま、ピクリとも動かない。
そして、浦原商店を飛び出した日番谷・夜一。どこからまぎれたのか一護とルキアまでいる。

動ける4人はそれぞれ、無言で畳の上で身を起こした。
そして、あわてて駆け寄ったジン太を、無表情で見返す。
「……」
「こえーよ、てめーら! 何かしゃべれ! 幽霊でも見てきたような顔しやがって!!」
「……」
「見た、んだな」
「落ち着け」
ムンクの叫びのように口と目を見開いたジン太の頭を、がし、と一護が引っつかんだ。


「てー……」
落ちた拍子に、ちゃぶ台に頭をぶつけた一護が、うなりながら起き直った。
そして、ぐったりと脱力した妹たちを見ると、ハッと身を起こす。
「おい、夏梨、遊子! ウルル!」
「……大丈夫だろう。規則正しい呼吸をしている」
ルキアが、傍にあった座布団を枕に、三人の体を畳に横たえる。

ホッ、と息をついた一護は、思い出したように夜一を振り返った。
「おい、夜一さん。一体今のは……」
黒猫を見下ろして……ハッ、と夜一の前にかがみこむ。
「大丈夫か?」
「かまうな。ちょっと消耗する術を使っただけじゃ」
夜一は顔だけ起こして返したが、そのビロウドのような黒い腹が、激しく波打っている。

「その場の全員を瞬歩で移動させたのか?」
一護の逆側から夜一を覗き込み、日番谷がたずねた。
珍しく、驚きを隠しもしない口調である。
「今のところ、儂しかできん術じゃ」
猫の姿でなければニヤリと笑っていただろう、と思わせる声音で、夜一が返した。
しかし、身も起こせずにあえいでいる夜一の姿は痛々しかった。


「日番谷。お主、いますぐ瀞霊廷に戻って、山本総隊長に会ってくれ」
一護に抱き起こされながら、夜一が日番谷を見た。
「そして伝えるのじゃ。『緋鹿(ひが)家の姫君がバンパイア共の手にある』と伝えれば、コトの重要さは伝わるはず」
「……緋鹿、だと?」
日番谷が、不可解な表情で夜一を見返した。