それから、一日後の瀞霊廷。
場所は十三番隊隊舎の奥にしつらえられた隊長専用の居室、雨乾堂である。
「……」
日番谷と浮竹は、縁側に並んで座り、無言で上空を眺めていた。
下には座布団、手には湯のみを持っている。
何も知らなければ、ご隠居と孫の語らいに見えなくもない。

「なんだろうねぇ、面白いものが飛んでるね」
「あんまり面白そうじゃないっス」
ギャァァァ、と物騒な鳴き声を漏らして飛び交っているのは、どうやらコウモリのようだ。
こんなモノが瀞霊廷に現れるなど、前代未聞である。
ただ、例えば怪獣出現ならいざ知らず、コウモリ如きどうということもない。
前代未聞だろうが、特に反応するまでも無い、ということだ。
日番谷と浮竹は、そろって視線を手の中の湯呑に戻し、ともに茶をすすった。

―― いや待て。コウモリ……?
日番谷は、ふと考えを巡らせた。
コウモリといえば、バンパイアの遣いとも言われてたか?
頭の中に、数日前に忍び込んだバンパイア屋敷がよみがえっていた。
あの後、十一番隊の探索に、雛森・恋次・吉良が出向いたと聞いたが、果たしてどうなったものか。
……どうにもなっていない、に100環。


「おや? なんだかこっちに飛んでくるよ」
浮竹のノンビリした声に、日番谷はハッと顔をあげた。
確かに、何羽かいるコウモリのうち一羽が、日番谷たちのいる庵に向かって舞い降りてきていた。
「ン?」
足に、何か紙のようなものを掴んでいる。
そのコウモリは、ペッ、と日番谷の近くにそれを落とすと、再び鳴きわめきながら上空へ舞い上がった。

「……捨てろ、浮竹。バイ菌がついてるかもしれねーぞ」
「でもこれ、シロちゃんへ♪ て書いてあるよ」
「あん?」
日番谷は、チラリと視線をその紙へと走らせた。
自分のことを「シロちゃん」なんぞとふざけた名前で呼び続ける人間は一人しかいない。
その筆跡を確認した日番谷は、不審そうに思いっきり眉根を寄せながら、それを摘み上げた。
はっきり言って、そうとう嫌な予感がする。


浮竹が、紙を開いたまま固まっている日番谷の背後から、覗きこんだ。
「『バンパイア屋敷であたしとデートしようよ ☆桃☆』」
ぐしゃ、と日番谷がその手紙を握りつぶす。
「どうしたんだい日番谷隊長、人からもらった手紙を握りつぶしちゃ……」
「不穏だ」
日番谷は短く言うと、黙って立ち上がった。
この短い手紙の、全ての単語が不穏だ。

「浮竹隊長、日番谷隊長!」
その時。庵の前の庭園に、一人の隠密起動が降り立った。
現世とソウル・ソサエティを行き来する、死神の中でも忍の役割を担う者だ。
「どうした? 何事だい」
さすがに浮竹が立ち上がり、縁側から、跪いたままの隠密起動を見下ろした。

「申し上げます。現世に赴かれた吉良・雛森・阿散井副隊長が、敵に取り込まれました!」
後を追って縁側に出てきた日番谷の表情が、ひきつる。
「取り込まれたって、具体的にはどうなったんだ。まさか……」
「バンパイアになられました」
これ以上ないほど具体的に、隠密起動は日番谷に答える。
ブッ、と浮竹が口に含んでいた茶を噴出した。
「って、オイ! 更木は! 十一番隊はどうしたんだ!」
「バンパイアになられました」
「……」
ぐうの音もでない、という表情で、日番谷と浮竹が黙り込んだ。

そんな二人に、淡々とした口調を崩さず、隠密起動が言葉を続ける。
「今届いたのと同じような手紙が、阿散井副隊長から檜佐木副隊長宛にも届いています」
「吉良は誰に送ったんだ?」
「いえ、吉良副隊長からは、何も」
アイツ、友達少ないからな……こんな場面なのに、日番谷はちょっと気の毒に思った。

しかし、これは最悪の事態だ。日番谷はウンザリしつつ思った。
いつ王族の息がかかった刺客が到着するとも限らないのに。
もし刺客とやらがたどり着いて、対峙する相手が十一番隊と副隊長達だったら、おふざけにもほどがあるだろう。
―― 失態だ……
これを失態じゃないとして、他にどんな失態があるのか、ちょっと日番谷には思いつかなかった。


「しかし、これは困った事態だね。十一番隊と、副隊長3名がバンパイア化してしまうなんて……」
浮竹が、茶飲みを持ったまま、うーん、と指で顎の辺りをこすった。
パッ、と名案を思いついたような顔で、日番谷を見下ろす。
「いっそ、全員死神からバンパイアになってみるかい? 藍染たちも全員バンパイアにしてしまえば、また仲間に戻れる……
あぁ茶が凍ってる、凍ってるよ日番谷隊長!!」
「アンタはいつも貧血気味だから、血ィ吸われたら死にます」
にべもなく日番谷は言い放った。

「で? 総隊長には報告済だろ? 総隊長はなんと」
日番谷は縁側の端に出て、隠密起動の垂れた頭を見下ろした。
浮竹の案は言語道断として、確かにまずい状態なことは確かなのだ。
「はい。総隊長からの命は既に降りています。……日番谷隊長。貴方に、とある隊長のフォローに入っていただきたいと」
「あぁ?」
あからさまに日番谷が顔をしかめた。
無理もない。
隊長同士は年次を問わず対等のはずなのに、誰かのフォローに入れといわれて愉快なはずがない。
「誰だよ」
不機嫌さを露にした日番谷に、口ごもりながら隠密起動は、その名を告げた。


「……早く行ったほうがいいよ、日番谷隊長」
「……だな。行ってくる」
さきほどまでの不機嫌はどこへやら、ヒュッ、と日番谷が瞬歩で姿を消す。

「あ、あの、浮竹隊長……」
「まーまー、君も茶でも飲んでいきなよ」
日番谷がおいていった湯呑を片付けながら、浮竹が隠密起動に笑顔を向ける。
「し、しかし、そんなことをしていても良いので……」
「あぁ、かまわないさ」
イタズラっぽく浮竹は笑う。
「何しろ、あのお母さんは最強だから」