「ど、どーするよ、ルキア」
「どうすると言っても……」
そこまで言って、顔を見合わせた一護とルキアが絶句する。
一護とルキア。日番谷と雛森。
この2組が秤に乗った場合、どちらが重いのか分からないが、どちらにせよ拮抗しているのは確かだ。

「と、とーしろう君?」
「血ィよこせ」
バンパイアになってしまえば、脳みそも切り替わるのだろうか。
カチ、と刀の鯉口を切った日番谷に、全く迷いは感じられない。
「お、お待ちください日番谷隊長! バンパイアになって死神を襲ってしまったら、書かなければならない書類が何十枚も増えますよ!?」
ピクリ、と日番谷のこめかみが痙攣(けいれん)するように震えた。
「うまいぞルキア! 葛藤してる!」
刀の柄を握った手の力が、迷ったかのように緩むのが遠目でもわかった。

うーん、と雛森がうなり、考えている日番谷を見下ろした。
「でも、このままバンパイアでいたら、書類は一枚も書かなくていいよ」
ぽん、と日番谷が、答えを見出したかのように掌を打った。
「でも、そう考えると、邪魔な人たちがいるんだよね」
「だよな」
雛森と日番谷の瞳が、まるで獲物を見つけた猫科の生き物のように不穏に輝く。
「いやいや、待て待て!」
一護が慌てて手を振ったが、もはや耳に入っていないだろう。


日番谷と雛森が、同時に掌を前に掲げた。
「鬼道が来るぞ! 逃げろ!」
それを見止めたルキアが、慌てた素振りで一護の袖を掴んだ。
二人とも、瀞霊廷でも屈指の鬼道の達人なのだ。
本気で撃たれたら、命に関わる。
「マジかよ!!」
日番谷と雛森の霊圧が急激に高まるのを感じ、一護の顔が引きつった。
ヤバイ、と思った瞬間、二人の声が重なった。
「赤火砲!!」
「氷雨!!」

「くっ!」
一護はとっさにルキアの前に出て、斬魂刀をかざした。
「馬鹿者!」
自分を庇おうとした一護に気づいたルキアが、慌てて鬼道を唱えようとした。
間に合わないと知りながらも、結界でも張るつもりだったのかもしれない。
しかし……
必ず来るはずの衝撃は、いつまでたっても二人を襲っては来なかった。

「はい?」
目をつぶっていた一護が、ゆっくりと片目を開けて、目の前の風景を見やった。
どこもやられていないし、どこも傷つきさえしていない。
目の前では……日番谷と雛森が、「?」を顔に書いたような顔をして突っ立っていた。

ややおいて、
「お前、雛森! 邪魔すんじゃねー!」
「日番谷くんこそ、あたしの邪魔しないでよ! 消えちゃったじゃない!」
いがみ合う二人を、一護とルキアはあっけに取られて見守った。

「―― そうか」
ルキアが、ぽん、と手を打った。
「日番谷隊長は氷雪系。雛森副隊長は炎熱系。互いの力を相殺したのか」
炎熱系の赤火砲と氷雪系の氷雨は、威力で言うと同じようなものだ。
どうやら、放った威力とタイミングが全く同じだったため、互いの力をかき消してしまったらしい。


「勝算がでてきたぞ」
ルキアは、腰に帯びた斬魂刀を引き抜いた。
そして、前に立つ一護に、小声で囁いた。
「この二人、技の相性は最悪だ! とにかく、日番谷隊長を先に抑えるぞ」
「それはいいけどよ」
一護もひそひそと返す。そして、目の前の二人を指差した。
「何やってんだ、あいつら」

「ジャンケンホイ!」
ルキアの視線の先で、互いに身を寄せ合って、こっそりじゃんけんしている二人の姿が目に入った。
どっちが勝ったのか分からないが、うんうん、と何やらうなずき合っている。
「やばい、何だかわからねーけど、手を打とうとしてるぞ」
一護がそういったとき、雛森がくるりと振り向いた。
振り向きざまに、腰の斬魂刀を引き抜く。
その一連の流れの滑らかさは、さすが戦いの場数が違っている。

「弾け、飛梅!」
凛とした声がその場を貫く。
それと同時に、紅蓮の火の玉がいくつも生み出され、一護とルキアを襲った。

「ちっくしょー。やるしかねーぞ!」
バッ、と攻撃を避け、一護がルキアを見やった。
「一護! 前!!」
しかし、ルキアの声に慌てて前方を見やる。

シャッ!
鞘ずれの音が走った。

紅蓮の炎を撒き散らし、一護に向かって真っ向から突っ込んできたのは、日番谷だった。
炎が隠れ蓑になり、気付くのが遅れた。
炎をものともしない、雛森を上回る氷雪系の力を持つ日番谷だからこそ、できることだろう。
一護が刀の柄に手をやった時には、白銀の刃が、神速で一護に向かって振り下ろされていた。

「ぐっ!!」
一護が、とっさに前にかざした斬魂刀で、その攻撃を受け止める。
「こいつ……!」
ビリビリと刀身が震え、踏ん張った一護の足が背後にずり下がった。
この夏梨や遊子よりも小さな体のどこに、これほどの爆発的な力が潜んでいるのだ。
そう思うくらい、押し込む力は強かった。

「加勢するぞ、一護!」
押される一護を見て、ルキアが駆け寄った。
―― とにかく、日番谷隊長の動きを止める!
口の中で鬼道を唱えながら、日番谷に向かってまっすぐに駆けた。
雛森一人なら、一護とルキアなら止められる。
「六杖光牢!」
チラリ、と日番谷がルキアの手から走った光芒を一瞥した。
六本の光の柱が、日番谷の体を中心に迫る。
―― やったか?
ルキアがそう思った時。日番谷が肩越しに振り返り、自分に迫ってくる六杖光牢を見やった。

「甘ぇっ!!」
裂帛の気合と共に、日番谷が氷輪丸を一閃させる。
白銀の輝きが閃いた次の瞬間、日番谷に迫っていた六本の光の柱が、刃に砕かれ霧散した。

「なに?」
霊圧そのもので出来た六杖光牢を、物理的に斬ることはできないはずだ。
とすれば、同じく霊圧をぶつけることで、それを掻き消したというのか?
あの一瞬でそれをやってのけるとは、恐ろしい戦いのセンスだった。

ルキアが次の鬼道を撃とうと立ち止まった時だった。
日番谷の前に、ザッと雛森が立ちふさがった。
その斬魂刀に赤い光が宿っているのを見て、ルキアは慌てて斬魂刀「袖白雪」を引き抜く。
「火炎弾!」
「白蓮!!」
炎と氷が真っ向から打ち合う。
視界が一気に、水蒸気で何も見えなくなる。
「くそ……」
目を凝らしたルキアの袖に、ボッ、と炎が燃えついた。


「ルキア!」
床に転がったルキアを見て、一護が駆け寄った。
体のあちこちに燃えついた炎を、床に転がって掻き消したルキアは、何とか起き直った。
「大丈夫か!」
「馬鹿者、相手から目を逸らすな!」
半身を起こしたルキアが叫ぶ。
しかし、そのときにはもう遅かった。
二人に迫った日番谷と雛森が、同時に鬼道を唱える。
「赤火砲!!」
息はぴったりだった。爆発的な炎が、一護とルキアを真正面から襲う。

まずい!
迫り来る熱気にも関わらず、ルキアの背筋が粟立つ。
「ぐっ!!」
避けられるはずもない距離だった。
斬魂刀で受けたものの、一護とルキアの体が、もんどりうって床に倒れる。

「止めだ!」
容赦なく、二人が一護とルキアに迫る。
―― 甘く見ていたか……
全く性質の違う力の達人として、戦いの相性は悪いと思っていたが、とんでもないマチガイだ。
鬼道の達人であるということは、互いに異なる性質の技も問題なく使えるということなのに。

とにかく、この場から離れなければ。
立ち上がろうとしたルキアの半身が、ガクン、と床に崩れた。
「ルキア!」
歯を食いしばる。どうやら、さっきの攻撃で足をやられたらしい。
「一護、逃げろ!」


2対2でこれ以上戦っても、こちらに勝ち目はない。
それなら一護だけでも逃げ、この事態を瀞霊廷に伝えなければ。
そう思った時だった。
ルキアの前にしゃがみこんだ一護が、ぐっ、と唇をかみ締めた。
そして、斬魂刀を二人に向ける。
「天鎖斬月!!」
「一護っ!」
ルキアが驚きの混じった声を上げる。
強大な霊圧の刃が、至近距離から日番谷と雛森に迫った。


じゃんけんに負けたのは日番谷君です。