日番谷冬獅郎に、あたしが最期に会ったのは、一兄の部屋だった。
何者かに傷つけられ、気を失った冬獅郎を運び込んだのは、このあたし夏梨だ。

その後、目を放した隙にいなくなってしまった冬獅郎を、あたしはずっと心配してた。
アイツが死んだ、なんて思わない。大体アイツ、死神だしな。
でも……こっちからはアイツに会いに行けないから、もしかしたら、もう会えないかもしれない……なんて。
そういう心配はしてたんだ。

だからって。
あんな場所で、あんな風に再会するなんて、さすがに夢にも思ってなかった。

 

***

 

「ィよっッッッ、しゃァァァア!」
浦原商店の奥の部屋で、ジン太が拳を振り上げた。
「ジ、ジン太くん……声大きいよ」
至近距離で叫ばれて、耳をふさいだウルルが小声で文句を言った。

それだけの動作で、ジン太はバッ!! とウルルを振り返る。
「お前、遊園地だぜ? 旅行だぜ! 落ち着けるわけねーだろ!」
「だからウルサイって」
あたしは横からツッコミを入れる。


「せっかくの春休み。いい思い出作ってきてください」
あたしとジン太、ウルルの前に座ってんのは、360度どこから見ても胡散くさい男、浦原喜助。
ていうか、部屋の中でくらい帽子取れ。

「どーです? 夏梨サンも」
キラリ、と帽子の下から目が光った。
遊園地か、いいな。あたしは頭の中で考える。
随分行ってねえし。あのボケオヤジも、一兄も、文句言わなさそうだしな。
でも……


「なっ、なんなら、おめーの、妹連れてきてもいいぜ! 名前は忘れたけどな!」
恥ずかしーヤツだよな、おめーは……
あたしは、ジン太の真っ赤になった顔を見返して、ため息をついた。

まぁ、あたしが行く条件は、遊子も一緒にいくことだったしな。
ていうか、ジン太。てめーみたいな調子もんには、遊子はやらねえぞ。
それに……遊子が好きなのは、もっとクールで、頭良くて、ついでにいうと銀髪だ。


「じゃ、決まりッスね。あたしが手配しときますから」
ん?
「待てよゲタ男。あたしたちだけで行くのか?」
「子供たちだけのほうが、こういうのは楽しいっスよ」
「なんだよ夏梨、おめー、大人がいねえと、不安なのかよ? ガッキじゃねえの?」
ちょっと黙ったあたしを、すかさずジン太がからかう。
その発想がガキなんだよ。
大人がいねえと、面倒くさいことになるんだよ。
金とか?


「ホラ、言うでしょう。かわいい子には旅をさせよ!」
あんたは、行くのが面倒くさいだけだろ! あたしは心の中で突っ込みを入れた。
「ホラホラ、善は急げって言うでしょ。いつにします?」
いつになく積極的なゲタ男に乗せられた形だったけど。
日にちだけざっくり決めて、浦原商店を出てきたのは、まだ日も高いころ。

 

遊子に言ってやったら、絶対喜ぶぞ。
遊園地は、人が集まるから、霊もたくさん集まる。
そういう場で、霊を見まくるのはいい気持ちはしなかったけど……それでも。
ポカポカと暖かい日差しの中で、あたしはガッツポーズした。
「よっしゃァ!」

春。
こんないい天気なのに、家に閉じこもってるなんてつまらない。
思いっきりジェットコースターに乗りまくるのを想像するだけで、ウキウキした。
こんな会話が、ゲタ男と夜一サンの間でされてたとは、知る由もなく。

 

「夜一サン、ちょっと瀞霊廷に行って、一報入れてくれません?
面倒なことがO市の遊園地で起こってるから、死神よこしてくださいって」
「は? おぬし、今子供たちを行かせたところじゃろ。大丈夫なのか?」
「大丈夫ッスよ〜、あの子たちは霊圧も強いし。初動部隊としては悪くないッスよ」
「浦原……おぬしも悪よのう」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。言ったでしょ。かわいい子には旅をさせよ、と」

 

***

 

「四楓院夜一から一報が入った。現世に、例の異空間が出没したそうじゃ」
「異空間?」
隊首会の面子の顔が、一斉に引き締まる。
それは、藍染たちが暗躍しだしてから、急に現れだした新現象。
破面と関係はあるんだろうが、まだ、その全容は明らかになっていない。


「総隊長。それは……現世のどこに?」
浮竹の問いに、総隊長は重々しい口調で返した。
「ゆにぱさる・すたじー・じゃぽん、じゃ」
「……」
一同の中を、微妙な空気が駆け抜けた。
なんだそれ。
絶対みんなそう思ってる。俺は一同の顔を見渡して、思った。


「あたし、知ってる!」
急に、能天気な声が聞こえて、俺たちはもれなく、期待してない視線を送った。
更木の肩からひょっこり顔を出してるのは、草鹿やちる。
最も身長が低く、知能指数も低く、常識度も低い……三低の隊長格。
三低、さんてー、さいてー、……と繋がるが、そこまでは本人には言えない。というか言っても効かない。

「O市にある遊園地で、大人気なんだよ!」
てめーが何で知ってんだ! 俺はすかさず突っ込んだが、言葉にはしない。
めんどうくさいからだ。

「おぉ、草鹿か。よぅ知っておるな」
隊首会に、副隊長がもぐりこんでた事実に憤ることも、恐らく気づくことすらなく、総隊長は目じりを下げている。
総隊長にとって見れば、草鹿は副隊長でも、おそらく死神でさえない。ただの「孫」だ。


「ねぇ、おじい! あたし行きたい!」
その場の空気が、ハッ、と緊張する。
誰も、「異空間」なるものが何なのか把握していない中で、調査も兼ねることになる。
草鹿やちるが加わった時点で、難易度は飛躍的に増している。

「そうじゃな。1人で行かせるわけにはいかん。それなら……」
一同は、とっさに視線を、あさっての方向に逸らした。
俺も、今日の晩飯なんだろう……とあえて無関係なことを考えつつ、それとなく一同の様子を伺った。


ジェットコースターで吐血し、救護室に運ばれる浮竹。
女を口説きまくり、痴漢の罪状でカスタマーセンターに連行される京楽。
着ぐるみと勘違いされ、子供たちが群がる狛村。
実験体を物色する涅。
ハイジャック犯と間違われる更木。
ダメだ、現世に迷惑かけそうな奴等しかいねえ。

俺は、視線を朽木、砕蜂に向けた。
メリーゴーランドに揺られる朽木。
ジェットコースターに乗り両手を上げる砕蜂。
……子供たちが泣きそうだ。
なんで隊長格には、現世に役立たなさそうな奴が、こんなに多いんだろう。


そうだ。卯ノ花だ。
卯ノ花なら、草鹿の母親役って感じでいいかもしれねえ。
俺は、期待をこめて卯ノ花を見る。
卯ノ花も俺を見ている。にっこりとした笑顔で。
待て。
笑顔ってのは、そんな風に、相手の目をじーっと見るもんじゃねえ。
まるで、ガンつけるみてえに。

―― 行ってくださいな。
ふっ、と耳元に声が聞こえたような気がした。
天廷空羅。
相手の位置を一瞬にして捕捉し、相手だけに言葉を伝える縛道の一種だ、が。
……こんな時に、こんな風に使うのか、この技は?


俺は、もう一度卯ノ花の、全く笑ってない『笑顔』を見返す。
イヤなのか。
イヤなんだな。
俺は、逡巡し、狼狽し、憤った後で……脱力した。
みなの視線が、俺の前で止まったからだ。


「それでは日番谷隊長、草鹿副隊長と共に、現世へと赴いてくれ」
「ひっつーん! よろしく!」
うるせえ!
言う気力もねえ。俺はがっくりと首を前に垂れた。