「おぉぉ、テレビで見たのと同じだ!」
あたしたち……ジン太、ウルル、遊子、そしてあたしの4人は、パーク内に入った途端、テレビで見たのと同じ地球儀のモニュメントに感動した。

財布には金。時間もたっぷりある。目の前には遊園地。
あたし達は歓声をあげて、外国っぽく作られた街並みに駆け込み……
「まずジェットコースターだろ!」
「あたし、おなかすいた」
「動物の芸があるんだって! あたし見たい!」
早速、仲間割れした。

 


「なぁ、お前さ」
あたしは、ジェットコースターの、カチ、カチ、カチ……という発射直前の音を聞きながら、前に座るジン太を見た。
「大丈夫かよ」
「なななに言ってんだ、大丈夫に決まってんだろ!」
振り返って親指を立ててみせるジン太。
それが震えている、ということを突っ込まないのは、武士の情けだ。

苦手なんだったら、なんで一言目にジェットコースター乗りたいなんていうんだよ……
「このまま乗ってても退屈だからさ、なにかゲームしようよ!」
空気の読めない女、遊子。
こいつは、ジェットコースターはあまり好きじゃない。
怖いからじゃない。……退屈だから。
遊子が案外、将来黒い女になるかもと思うのは、こういう時だ。

「えーと、もちろん写真は撮るでしょ? それから……シリトリしない?」
「シリトリ?」
ウルルがポカンとする。
普段はメルヘンな感じもする遊びだが、ジェットコースターに乗りながら、となると趣がかなり違うな。


「よーし、あたしが最初ね! 時計回りだよ!」
カチ、という最後の音が止まる。
「よーし、行くよ! 『360度回転はあるか?』」
「う……おぉぉぉ!!」
遊子の言葉に、ジン太の悲鳴が重なる。
出だしから凄まじい勢いで、ジェットコースターが一気に上昇したからだ。

「か? か……『カツラも飛ぶ!』」
「ぶ……『文鎮』」
文鎮? あたしの後に言ったウルルの横顔を、あたしは見つめた。
いつもと全然かわらねえ!

「『ん』がついたから終わり! ジン太、次いけ!」
「し、しぬぅぅぅ!」
「う、ね!」
遊子。やっぱり空気読めてない。


ジェットコースターは街中を走りぬけ、アトラクションの間を通り、一気に空中に向けて加速していく。
「はい、チーズ!」
ふわり、と体が浮いた瞬間。あたしは、隠し持ってた携帯のカメラで写真を撮った。
「ひゃっほー!!」
爽快! やっぱり遊園地はジェットコースターに乗らなきゃ。

 


ジェットコースターを降りて、写真をチェックしたあたしは、思わず噴出した。
満面の笑みで、両手をあげて乗っている遊子。
その横で、魂が口から飛び出したような顔してるのが、ジン太。
その後ろで、浦原商店の前をホウキで掃いてるのと、全く同じ表情のウルル。

ひとしきり大笑いした後(ジン太はのぞく)、ウルルがポツリと言った。
「ね。ジェットコースターの先のところに、黒いものが見えない?」
「え……えぇ? ユーレイ? あたしそういうの、苦手!」
遊子が大声を出して、写真から離れる。
対照的に、
「どれどれ、何だよ?」
元気を取り戻したのはジン太だ。

あたしとジン太が覗き込むと……ジェットコースターの一番前の席よりも前に、黒い影が見えた。
「これ……人じゃねえか?」
小柄な子供みたいに見える。頭の色が、ピンク色だ。
黒い服を着ているが、これは、まるで……あたしとジン太は顔を見合わせた。

「これ、死神の服に似てないか?」
ウン、とあたしは頷いた。
よく見れば、服というより、それは和風の着物だ。黒い袖がはためいているのが見える。
そして、穿いている袴らしきものの色も、真っ黒。

「ジン太、ウルル。死神見れるよな?」
「決まってんだろ」
あたしの問いに、ジン太がすぐに返す。ウルルもコクリと頷いた。
「見つけてもし、死神だったら。声かけてくれないか」
「なんでだよ」
「冬獅郎のこと、聞きたいんだ」
「だから、なんでだよ」
途端にジン太が、面倒くさそうな声を出した。
「死神っつったって、大勢いるんだぜ? 知るわけねえよ。知ってたとしても、俺達に教えると思うか?」


そりゃ……そうだ。あたしは軽くうつむく。
でもここで、通りすがりの他人に一兄のことを聞くのに比べれば、的外れじゃないだろう。
だってアイツは死神の中でも「隊長」だ。
きっと、名前は知れ渡ってると思う。
でも、隊長のことだからこそ、あたしたちなんかの質問に答えてくれるとは、確かに思えなかった。

 


「最後に会ったとき。アイツ、大怪我してたんだ」
ポツリ、とあたしは呟いた。
「それなのに出て行っちゃって……せめて、今元気にやってることだけでも確かめたいんだ」
死んだ、なんて思わない。
でも、最後にあいつに会った時のシチュエーションがまずすぎだ、とあたしは思う。

倒れたあいつを助け起こしたとき、あたしの掌は、血で真っ赤に染まった。
冬獅郎を背負って、こっちも倒れそうになりながら、家に向かった長い長い道。
その血の色、あたしが乗せた濡れタオルの下で、目を閉じたあいつの白い顔。
動けるはずのない重傷なのに、冬獅郎はあたしが眠っているスキに、窓から姿を消した。

ふとした時……下校途中で、寝る前に、朝起きたとき。
喉の奥に詰まって取れない魚の骨みたいに、気になってしょうがないんだ。
「……アイツがそう簡単に死ぬわけあるかよ!」
ジン太は、しばらく黙ってたが、手を振った。
「今頃だって、どっかでシレっとした顔で、茶でも飲んでるに決まってんだ」

 

***

 

「お客様、お待たせいたしました。カフェラテとなります」
「あぁ」
俺は、ウエイトレスから、カフェラテが並々と注がれたカップを受け取っていた。
オープンカフェの椅子に背中を預ければ、青く晴れた空が見えた。
組んだジーンズの足の向こうには、家族連れやら恋人たちやらが見える。

俺は、笑顔を浮かべた、ウエイトレスの顔を見上げた。
「もう、やらなくていいぞ」
ヒュッ、と軽い音を立てて、その額に、斬魂刀の柄尻を押しつける。
周囲の注意の間を縫ったその動作は、誰の目にも留まらなかった。
ふわり、とそのウエイトレスが微笑み……その姿が、スゥッと空に、溶ける。


―― さすが、人の魂が集まる遊園地には、霊が多いな……
人が集まるところには、霊も集まりやすい。
死んでも尚、人に引き寄せられるのは、人間の性なのかもしれない。
一口、温かい液体を口に含むと、俺は周囲を見渡した。
「キャー!!」
目の上を、ジェットコースターが走り抜けてゆく。
キャーキャー言うならなんで乗るんだ。全然わからん。


「そんなんばっかり飲んでたら、背、伸びないよ」
後ろから声をかけられ、俺は振り返った。
「放っとけ」
誰の趣味なのか、草鹿は春らしい花柄のワンピースを着ている。
わざわざ言ってはやらないが、ピンクの髪に、よく似合ってる。
案外斑目のチョイスかもしれない、とチラリと思った。
頭に、何だかキャラクターの耳みたいなものをつけている。

「オイお前、俺がやった金で、それを買ったりしてねえだろうな?」
「ウン、買ったよ。あと、コレ買ったらなくなっちゃった」
俺は、草鹿から差し出された、チュロスと赤い飲み物を受け取った。
いらねえ、と手を振ろうとしたが、ズイ、と俺の前に突きつけて動かないもんだから、しょうがなく受け取った。
全く、残った金を人のために使っちまうやつだよ、こいつは。

俺はチュロスを半分に割り、半分を草鹿に渡した。
俺が手渡したカフェラテを、草鹿は頬に満面の笑みを浮かべて飲み干した。
口をもぐもぐさせているその顔は、頬袋でもついてそうに膨らんでいる。


「ひっつん、別におっきくならなくたっていいよ」
まだ引っ張るか、その話題を。
俺の顔はムスッとしてた自信があるが、草鹿はテーブルに頬杖を着いて俺を見て、笑った。
「ひっつん今のままで十分カッコイイもん。ひっつんが、あたしのお兄ちゃんだったら良かったのに!」

俺は、一瞬ポカンとしたんだと思う。
「あ! ひっつんが笑った!」
「呆れたんだよ」
そういって俺は、なぜか嬉しそうな草鹿から、視線を逸らした。


「十番隊隊長・日番谷冬獅郎」でいる時には、笑ったことがほとんどないと思う。
俺は、自分の笑顔は嫌いだ。ガキッぽいから。
特に、藍染達の反乱の後は、笑い事じゃないことばかりだからな。
でも、どうもコイツといると、調子が狂う。

調子が……
「で、剣ちゃんがお父さんなの!」
俺は、口に含んでいた飲み物を噴出しそうになった。
「なんでむせるの? 剣ちゃんもひっつんも髪上げてるし、おそろいじゃん」
草鹿は恐ろしいことをさらりと言った。
仮に、他のヤツにもお揃いだと思われてるなら、俺は明日から髪を下ろす。

「剣ちゃんにも言ったら、喜ぶと思うな〜」
「言わんでいい」
俺はバッサリと草鹿の言葉を切り捨てた。
そして、底に残っていた、赤い飲み物を最後までグイッと飲み干す。
一体何が入ってるのか、やたらに苦い。お世辞にも旨いとは言いがたい。


「なんか、イヤな感じがするよ」
不意に、草鹿がそう言った。
遊園地内を見回す草鹿の横顔に、もう笑顔はない。
「遊園地中見てて、思ったの。なんか……全体が、嫌な感じになってる」
具体的に、どこがおかしいのか、と草鹿に問いかけても無駄だ。
でも、こいつの「予感」は、信用に値すると俺は思ってた。


―― 異空間が出現するか……
俺は、伝令神機をジーンズのポケットから取り出した。
涅から届いたメッセージにさっと目を通す。


―― まだ、全容は明らかじゃないヨ。
でも、現実の世界と全く瓜二つの「双子の空間」が出現するのは間違いないらしいネ。
霊圧が高ければその中に引っ張り込まれ、出て来れなくなる可能性もあるらしいから、せいぜい気をつけるがいいサ。
もしも出てこられたら、土産はE・○の人形焼なら受け取ってやらんでもないヨ。


だまれ。
俺は、パシッと音を立てて、伝令神機のフタを閉じた。
「草鹿。霊圧の高い奴は、この中にいたか?」
ウン、と草鹿はすぐに頷いた。
「死神くらい、霊圧が高い子もいたよ」
「死神レベル?」
俺は思わず、周囲の人間達を見回した。どいつもこいつも、霊圧はボンクラに感じるが……

「草鹿。そいつらを探し出して、この遊園地から出させろ。どんな手を使ってもいい。巻き込まれたら厄介だからな」
「あい! 行ってくる」
草鹿は機敏に立ち上がると、こめかみのところに伸ばした手を翳した。
―― 松本より使えるかもしれねえ。
それを見て俺は思う。俺の目を盗んでサボろうとしないだけ、松本よりン十倍マシだ。


俺も立ち上がろうとして……ふらりとよろめき、掌をテーブルについた。
さっ、とイヤな予感が胸をよぎる。
胸がムカムカして、顔が熱くて、足元がふらつくものというと……
「草鹿っ!」
俺は、背中を向けようとしていた草鹿に怒鳴った。
「さっきの赤い飲み物なんだ?」
「えと、ラズベリービール、だって」
前言撤回……!
「バカヤロー、それは酒だ! 俺はビールは飲めねえんだよ!」
怒鳴ったが、そのときには草鹿の姿は影も形もなかった。