パステルカラーの服を着て帽子をかぶった小人達が、腕を組んで踊ってる。
その隣には、ハワイみたいな腰みのをつけた小麦肌の人たちが炎を吹いている。
……というのは、もちろん現実なんかじゃなく、アトラクションだ。
メルヘンチックな音楽をBGMに、あたし達を乗せた舟は、いろんな人形達の並ぶ風景の中を縫うように進んでいった。
景色が変わったり、水の流れが急に変わって舟が揺れたりする度、舟からは一斉に悲鳴と笑い声が起こる。
でも。ひとりだけ本気怖がりモードのヤツがいる。しかもあたしのまん前。

「なぁ、あんたさ。……なーってば」
あたしは、ついにジン太に小声で声をかけた。
「何回も言うけどさ、ジェットコースターなんか別に乗らなくてもいいじゃん」
ただのメルヘンなアトラクションかと思えば、とんでもない。
この後、いきなり何の前触れもなく急に舟ごと持ち上げられ、水中を十メートル以上落下するらしい。
唐突に来るだけに、並みのジェットコースターよりも怖い、って誰かが話してるのを小耳に挟んでた。
「おい、聞いてんのか?」
「ぎゃー!!」
途端に、ジン太が大声で悲鳴を上げた。
舟に乗ってた人達は、むしろその声にビックリしてる。
ほんのちょっと、下に落ちただけだろうが!

「来る、来る来る来る!」
「来るねー♪」
ジン太に返したのは、隣に座った遊子だった。
こっちはさっきと同じく、全く怖がってない。さらに、やっぱりジン太の気持ちなんて読めてない。
同じものを前にして、なんでコイツらはこうもリアクションが違うんだろう。
そう思ったとき、前がいきなり暗くなった。
顔を上げると、あたし達の体くらいある、でかい頭蓋骨のレプリカが、すごい勢いで落ちてきた。


「キャー!!」
悲鳴があがる船の上。
ジン太は両肩をビクリと上げたまま、動かない。そろそろアワ吹いてるかもしれない。
頭骸骨は、ピタリとあたし達の頭上2メートルくらいのところで、止まった。
「よくできてんなー……」
さすがにビックリしたあたしが、その頭蓋骨を見上げたとき……

「あ」
まるで店番してる時みたいに、ぼーっとしていたウルルが、急に声をあげた。
それは、隣にいるあたしにしか聞こえないくらい、小さな声だった。
ウルルの視線の先、頭蓋骨の頭の上を、あたしは何気なく見やり……
「あ!!」
思わず、大声を上げた。


頭蓋骨の上に、ぶらぶらと揺れる草履の裏が見えた。
背中をのけぞらせると、黒い袴の裾がパタパタと揺れ、その上にピンク色の頭が乗っている。
あれは……
「死神!?」
あたしは、思わず大きな声で叫んだ。

あたしの声に、その小さな頭が、あたしを覗き込んだ。
―― かわいい子だな……
ぷっくりと笑窪が出来た頬。肩のあたりでぴょんとはねた髪。
6歳か、7歳くらいにしか見えない、あたし達よりも随分小さな背丈。

「あたしが死神だって分かるんだ! きゃはっ、見つけた!」
その子は、あたし達4人を見て、全員が自分を見ていることに気づくと、ぱーっと笑みを浮かべた。
そして、ぴょん、と頭蓋骨から飛び降り、あたし達の眼前に着地した。
「あああんた、やっぱり死神なの?」
「うん、あたし、草鹿やちる!」

あたしは、とっさに返す言葉を失って、まじまじとその子の顔を見返した。
死神って……何かこう、みんなのオトモダチみたいなんじゃなくて。
顔を見たら死んじゃう、みたいなメドゥーサみたいなのを想像するんだけど。
冬獅郎といい、この子といい、何か調子狂うな。
まぁ、一兄が死神やってる時点で、言わずもがななんだが。


その時だった。
いきなりガクン、と舟が揺れて、あっと思った時には、舟の先は上を指してた。
そのまま上へ運ばれていく……ジン太の両肩が不自然なくらい上がったまま硬直してる。
「およ?」
やちる、と名乗った女の子はあたし達から眼をそらし、上を見てる。
その時、あたしはハッと我に返った。
今正に山場を迎えようとしてるアトラクションよりも、気になることがあった。
「ね、ねぇ! あんた死神だったら、日番谷冬獅郎、ってヤツ知ってるか?」
「ひっつん?」
あっけないほどあっさりと、その子は首を前に振った。
「ひっつんなら、びーる飲んで酔っ払って寝てるよ」
はっ?
「酔っ払ってんの?」
「うん」
「で、寝てんの?」
「うん」

あいつ……!
あたしが心配してやってんのに、どんな荒んだ生活送ってんだ!
喉につかえた何かがストンと落ちた途端、むかむかした気持ちが腹からせりあがってきた。


「あンのやろう、今どこに……」
「ひっつんなら……」
「それどころじゃねえ! それどころじゃねえって」
ジン太のわめき声が、やちる、という女の子の声を遮った。

「ええっ、やちる……ちゃん、冬獅郎くんのこと知ってるの?」
真っ暗闇の中、コーフンした遊子の声が割ってはいる。
「うん!」
「だからお前ら、それどころじゃ……」
ジン太の裏返った声。

突然、舟の上昇が止まった。と思ったとき……
「うぉぉぉ!」
「きゃーー!」
突然現れた死神に視線が集中してた分、完全に不意をつかれた。
パッ、と急に視界が広がり……あたしたちは、滝の中を、まっさかさまに、落ちた。

 
***


「きゃははは!」
水しぶきの中で、やちるちゃんが声をたててはしゃぐのが聞こえた。
頭を押さえる時間もなく、あたし達は頭から水しぶきを浴びる。

「うっわ、びしょぬれ……」
髪の水滴を払い、後ろにのけぞったまま放心してるジン太を起こし、振り返ったあたしは。
「……え?」
無意識に、ぴたりと動きを止めた。頭の動きも、同時に止まってた自信ある。
「なんで?」
ウルルも、事態を飲み込めない顔であたりを見回してる。

無理もねえ……
舟が下に落ちる瞬間の、一斉にあがった悲鳴がまだ耳に残ってるって言うのに。
あたしたちの後ろには、誰も乗ってなかった。
ただ、水に濡れた空席が見えるばかり。


「ドキドキ、ワクワクの旅はどうでしたか?」
その時、ヒトの声が聞こえて、あたしは慌てながらも、ホッとした。
「なんだよ、一瞬、誰もいなくなっちまったかと思ったぜ」
それは、ワンダーランドの中とは言え、タチの悪すぎる冗談だ。

舟は、そのまま水面を緩やかにすべり、スタート地点に戻ってゆく。
そこには、いまや120分待ちになった列が出来ているはずだった。
でも……現れた景色は、あたしたちの淡い期待を、あっさりと打ち砕いた。

「おつかれさまでした!」
その、声が。上に取りつけられた、マイクから聞こえてきた。
……自動音声なんだろうな、これは。
そのときには、遊子の体が、カタカタと震えだしていた。
あたしは、動揺してるのを何かに隠すように、怒鳴った。
「なんで。なんで……誰もいないんだよ!」


120分待ちの列も。
メガホン片手に客を案内してたバイトのヒトも、列の最後尾の札を持っていたヒトも、みんないなくなってる。
誰一人いない、列の誘導ロープの中に、ぽつんと最後尾の札が置かれてるのが……
なんか、とてつもないイヤミな嫌がらせに見えた。
―― ここ、どこなんだ……
ここは、あの遊園地と全く同じだけど、それど同時に「全然違う」。
背筋にゾクゾクと寒気が走った。

「夏梨……ちゃん」
「……とりあえず、出ようぜ」
意外にも、一番先に冷静さを取り戻したのは、ジン太だった。
まぁ、コイツにしてみたら、オカルトな今の状況も、ジェットコースター真っ逆さまな状況に比べればマシなのかもしれない。

 

「異空間、できちゃったみたいだね」
すぐ傍で聞こえた声に、あたしたちはバッ! と振り返る。
その瞬間、やちるちゃんの存在をすっかり忘れてたからだ。
さすがにニコニコって訳にはいかないけど、それでも、口元には笑みが残ってる。
それは、迷路に迷い込んだみたいなあたしたちを、少しだけ落ち着かせた。

舟が陸につき、勝手に安全ベルトが上がる。
「お前の仕業か?」
ジン太が、桟橋に上がりながら、舟のやちるちゃんを見返した。
「ううん、違うよ」
タンッ、と軽い動きで、やちるちゃんは舟の端を蹴って、桟橋にくるりと下りた。
舟もほとんど揺れてない。おそろしく体重が軽いんだろう。

「どうやったら……出られるの?」
伏目がちにやちるちゃんに歩み寄ったウルルが、そう尋ねた。
それに答えようとした、やちるちゃんの視線が、ウルルの背後に注がれる。
?
その視線の先を追ったウルルの視線が、固まる。
「あ……あれは!」
やちるちゃんの声が、ウルルに重なった。
「まぼろしの、蜂蜜キャラメルがけポップコーン!」

それは、口に入れれば歯にくっつき、口も開けられなくなると噂のポップコーン。
さらに、食べ終わったあと手を握ると、あまりのベタベタのために手が開かなくなるという噂もある、悪評高い菓子。
……しかし、トゲのあるものには毒がある、という言葉通り(ちょっと違うか?)、旨い。
だからって。
いきなり、この状況下で、しかも無人の屋台に、走りよるか? 普通。


「バカたれ! 勝手に食うなよ!」
我に返ったあたしは、屋台に駆け寄った。
凶暴なまでの甘いニオイに、甘い系があんまり得意じゃないあたしは、引いた。
「おいっしーよ!!」
「でも……誰も売ってるヒトいないし……」
そういう問題じゃねえだろ!
罪悪感のかけらもないやちるちゃんには、まぁ死神だからいいとして。
ウルル、オズオズしながら言う台詞じゃねえ。


「その余裕……お前、ここから出る方法知ってんだろ!」
期待70%、不安30%くらいの口調で、ジン太がやちるちゃんに歩み寄った。
やちるちゃんは、死神には頬袋があるんだろうか、と思わせるくらい、頬っぺたにポップコーンを詰め込みながら、首を振った。
「うー、まぶりんがべー」
「ちゃんと喋れ!」
焦るジン太がバカっぽく見えるほど、やちるちゃんはのんびりしてる。

「まゆりんが、ねえ」
ごくり、とポップコーンを飲み込んで、やっと口を開いた。
「知らないって」
「まじかよ……」
まゆりんが何者かなんて、この際どうだっていい。
あたしとジン太は、笑顔のやちるちゃんを前に、がっくりと肩を落した。