いつも通っているネイルのお店を出て、東京タワーに向かった頃には、もう夕方の4時を回っていた。空気は冷たくて、膝丈のコートとマフラー、レザーの手袋をしていても冷たい風を感じる。

信号が青になった横断歩道を渡って、真上にそびえる東京タワーを見上げた。いつもは赤色だけれど、今日はてっぺんの部分だけ赤色で、そこから下は青からピンクへ横縞のストライプ模様になっていた。クリスマスツリーを象ったもののようで、中央から少し下にはハートマークのポイントが入っている。そう、明日は恋人たちの日。クリスマスイブなのだ。見上げた時、吐いた息が白く染まった。

いつもは休日の昼間にセフィーロを訪れるのに、クリスマスイブの今日だけは、夕方にしようと言ったのは私だった。私以外の二人にはセフィーロに恋人がいる。本当はロマンチックな夜を過ごしたいはずなのに、二人とも言いだせずにいるのが可愛い、と二人の親友の顔を思い浮かべてみる。

―― でも、私は?
そこで、次の言葉を見失う。そして、小さな紙袋に中に入れてもらったサンタクロースを意識した。いつだって、全て分かったような顔をしているあの人の顔を同時に思い出してみる。私は、あの人にクリスマスの話なんかして、どうしようというんだろう。「そうなのか」とただ話を聞いてほしい、ただそれだけなのかもしれない。いつもは、一度聞いた音楽を巻き戻してもう一回聞くような反応を示されるだけだから。

全て知っているというのは、凄いことなんだろうけど、退屈じゃないのかしら? でも、さすがに異世界のクリスマスのことなんて絶対に知らないはず。東京タワー内のエレベーターを待ちながら、そんなことを想った。

***

最上階に着いた途端、明るい声をかけられた。
「海ちゃん! 久し振り!」
「海さん、お久しぶりですわ」
かけられた言葉の内容は同じなのに、声音は全然違う。元気な赤色のダッフルコートを着た光と、イギリス風のチェック柄のコートにふかふかしたこげ茶色のベレー帽をかぶった風が、私に駆け寄ってきた。

「ふたりとも、元気そうでよかったわ」
そう言って手を振り返した時、爪先に光の視線を感じた。
「かわいいな、これ、自分でやったのか?」
「ううん、お店でやってもらったのよ」
そう言って、指を二人の前で広げて見せた。

ネイルは、二週間に一回は必ず通っている趣味みたいなもの。季節感をたっぷりとりいれるのが好きだった。フェンシングをやっているから爪は伸ばせないけど、もともと爪が細長いから遊びやすいとよくネイリストの人に褒められている。

今日のネイルは、さっき買ったサンタクロースを見せながら描いてもらった。右手は全部同じで、赤く塗った上に雪の結晶を描き、白のラメを散らしてストーンをちょんちょんとちりばめてもらった。左手は、ストーリー仕立て。爪先だけは5本とも赤く塗り、親指にはあのサンタクロース、人差し指にはモミの木、中指には雪だるま、薬指には雪の結晶に同じサンタクロース、最後の小指には何も描いていない。

「すごいですわね。小さな爪なのに、ちゃんとサンタクロースが分かりますわ」
風も感心している。
「実は、コレなのよ」
さっきの袋の中からサンタクロースを取り出して、ふうんとしきりに見比べている二人を見下ろしているうちに我に返った。
「ていうか、ここで話してても仕方ないわね、セフィーロに行かなきゃ」
今日は、夕方からセフィーロで小さなパーティーを開こうと前もって言ってある。何のパーティーなのかは伝えていない。準備も手伝いたいし、となると早く向かったほうがよかった。

「よし! じゃ、行こうか」
光の言葉に頷く。そして、円になるように三人で手をつないだ。そして、セフィーロの姿を心の中で思い浮かべる。同時に、周囲に白い光が渦巻き、意識が一瞬ふっ、と遠のいて目を閉じた。

そこまでは、いつもの通りだった。……再び目を開けるまでは。

「きゃぁぁあ!?」
ずぼっ、と体が冷たいものにはまる感覚があった。私はもがきながら、身を起こした。そして自分が、腰くらいある雪の中にいきなり落ち込んだのに気づいた。
「な、なんですの? 辺りが白くぼんやりして……」
「風、眼鏡がないわよ!」
顔を上げた風の顔に眼鏡が無い。光とふたりでひとしきり探して、やっと眼鏡を見つけた時には、状況を少しは把握できていた。

「雪、ですわね」
眼鏡をかけた風の第一声が、それだった。
「雪ね」
「雪だな」
光も私も、実はそれくらいしか言う事がない。辺りはひたすら真っ白な雪景色で、家ひとつ、足跡ひとつなかったのだから。

「セ、セフィーロに大雪が降って、みんな埋まっちゃったとか!?」
「セフィーロの季節ができたのは事実ですが、雪はまだ降ったことはないはずですわ。それにこの雪、私達が知っているものとは少し違う気がします。あまり冷たくないですし」
「そうだね」
光が雪をぽーんと上に放り投げた。それは綿のようにふわふわしていて、手の中でも溶けない。ひんやりしていたが、本当の雪の中に埋まったら、寒さはこんなものではないはずだ。

「セフィーロに行こうとして、更に別世界にいっちゃったとか?」
だとしたら笑えない、と思いつつ周囲を見渡した時だった。私は、雪の上にちょんと赤いものがあるのに気づいた。目を凝らしても見えなくて、歩み寄ってみる。その姿をまじまじと見て、
「な、なんなのぉ?」
脱力染みた声が漏れた。

雪の上に突っ立っていたのは、私がお店から買ったばかりの、サンタクロースの人形だった。やっぱり人差し指くらいのサイズしかないが、立派に仁王立ちしている。慌てて、あのサンタクロースを入れた袋を探してみたけれど、落としたのかどこにもなかった。
「さっき見せていただいた、海さんが買われた人形によく似ていますね♪」
風は、認めたくない事実をサラッと言うと、あら、と声をあげた。
「歩き出しましたわ」
見ると、その人形が雪の中もたつきながら、背中を見せて歩いて行くところだった。私は、二人を顔を見合わせる。このままここにいても、なにがどうなるわけでもなさそうだ。
「行ってみよっか」
光の言葉にうなずき、三人でサンタクロースの後をおいかけた。





* last update:2013/8/26