「黒猫によろしく」「白猫によろしく」の2編と、ゆるくつながってます。





お茶の間のテレビでは、浦原お気に入りのお天気お姉さんが、昨夜東京を通り抜けた台風について説明していた。
「昨夜、帰宅時間を直撃し、多数の帰宅難民を出したこの台風は、今朝東北沖で熱帯低気圧へと変わりました。本日の東京は台風一過の晴天で――」
「へぇぇ、そうですか」
返事をしながら、よっこいしょうと立ち上がる。そして閉め切ったカーテンのところに歩み寄った。
テレビと喋るなとジン太には嫌そうな顔をされるが、浦原にしてみれば現実の人間とモニターの向こうの人間にあまり差異はない。
あまり区別がつかないんですよねぇ、と以前夜一に言って、だから科学者はイヤなんじゃ、と本当に嫌そうな顔をされて少し傷ついたことがある。

昨日は家が吹っ飛ばされるのではないか、とウルルが本気で怖がるほどの猛烈な風が吹いていた。
大丈夫だったかしらん、とカーテンを開ける。思わず「ほぉ」と息をつく。
窓の外には、真っ青に澄んだ空が広がっている。輝くような白い雲が、途切れ途切れに浮かんでいた。
家々の向こうには、普段は見えない遠くの山の輪郭まで見えた。
台風が来るまでの、湿気をはらんだ夏の空とは全く違う。
窓を開けると、涼しい風が吹き抜け、虫の声をどこからか運んでくる。
「一晩にして、秋ですねぇ」
季節が変わるこの感覚は、何度繰り返しても、いいものだと浦原は思う。

店から、この天候にふさわしい、張りのいいジン太の声が聞こえる。
「らっしゃーい! げ!!」
客に向かって「げ」はないのではと思うが、お上品な人々は、こんなしがない駄菓子屋には来ないので問題ない。
「こんにちはぁ、ジン太君!」
「お、おぉ」
続いて聞こえた明るい声と、戸惑ったようなジン太の態度に、誰が来たのか理解する。
―― どうやら、夏梨サンも来られているみたいですねェ。
それなら、いつものが要るかどうか聞かなければ。


浦原がちらり、と店の中を覗くと、白いセーラー服姿の二人の少女が目に入った。
一人は栗色のセミロングの髪を、ふたつに分けて束ねている。
小動物を思わせるような大きくて黒目がちな目の、「愛くるしい」という表現がぴったりくる容姿だった。
もう一人は黒髪の長い髪をポニーテールでまとめ、対照的に涼しげな瞳をしたすらりとした少女だ。
黒崎遊子と夏梨。二卵性に違いないだろうが、双子でも顔が似るとは限らない、という典型的な例だと思う。
今年の春に中学生になった二人は、初めて会った時と比べて、見違えるように大人びている。
―― これじゃ、黒崎サンはこの先大変ですねぇ。
タイプが違うが、ふたりとも美人だ。男子生徒たちが騒いでいてもおかしくない。
あの仏頂面が似合う兄が、妹の恋愛話におろおろするのを想像し、ニヤリとしていると、店先の双子と目があった。

「あ! 店長さん! お久しぶりです」
「物陰から見てんなよ、気味悪いな」
にっこりと笑って頭を下げた遊子と、鞄を後ろ手に肩に担ぎ、胡散臭そうな顔を向ける夏梨。
赤信号と青信号くらいに態度が違う。

一方のジン太は、さっきからスーパーの袋にせっせとお菓子を詰め込んでいた。
どれだけ入れるのか、大きいサイズの袋がすでにいっぱいになっている。
「おらよ! 500円だ!」
えええ、と思わず声が出てしまう。そんな小ぶりのサンタクロースみたいな一袋が500円は破格すぎる。
「ええ? いいの?」
遊子はさすがに受け取り損ねて首をかしげる。横合いから、夏梨が袋をかすめ取った。
そして袋をあけると、いくつかの菓子を取り出す。
「それじゃ採算が取れねぇだろ。これとこれ、あとこれもいらない」
「いやぁ助かります、夏梨サン」
「採算」という概念をぜひジン太に教えてやってほしい、と思いながら、返却された半分くらいの菓子を受け取る。
「この店がつぶれたら、あたしも困るんだよ」
「ああ、そういえば、例のもの、また要ります?」
「あー……」
夏梨は遊子を意識したのか、曖昧に言葉をぼやかせる。

夏梨の霊圧は、中学生になりさらに高くなった。
まじめに訓練すれば、普通に死神になれるくらいだ。が、そのような高い霊圧は、普通の女子中学生には不要だ。
それどころか、虚の標的になる可能性も高まる。そのせいで、夏梨は中学に入学する前後から、自分の霊圧を外部に漏らさない薬を飲んでいた。
「いや。最近落ちついてるから、いいや」
「え? 何の話?」
「なんでもない」
笑って遊子に手を振る夏梨は、自分の困った体質のことを遊子はおろか、父にも兄にも伝えていないらしい。
ある日この店に、たった一人で相談に来た。
下手すれば命にかかわる問題だ、家族に話しておくべきとは思うが、迷惑をかけたくないという夏梨の意思を尊重し、浦原も誰にも知らせずにいた。

「それじゃあ、またね。ジン太君、店長さん」
「お、おう!」
「はいはーい。またどうぞ」
お揃いの膝上のプリーツスカートを揺らせ、二人の少女が店を後にする。
ガラス戸に手をかけた遊子が、不意に振り返った。
「ねぇ、ここって黒猫飼ってたよね? もう一匹、増えたの?」
「え?」
浦原は首をかしげる。全く覚えがない。ジン太を見下ろすと、
「俺が猫なんて拾うかよ。ウルルも拾ってねぇと思う」
と言下に否定された。
「そう? ちっちゃくってね、白くてね、青い目で……本当に可愛いの! ね、夏梨ちゃん」
「そうかぁ?」
夏梨は眉間にしわを寄せた。
「なんっつーか、こう、子猫なのにすっげぇ態度でかそうな、ふてぶてしい猫だとあたしは思ったけど」
「ああ」
今の説明でピンと来た。ぽん、と手を叩く。
「ウチで飼ってるんじゃないですが、たまーに出入りしていますよ、それなら。来てました?」
「さっき、縁側の方へ行ったけど」
夏梨が指差す。ちょうど日の光がさんさんと差し込んで、居心地がよさそうだ。
「そ、ですか。ミルクくらいあげときましょうかね」
それにしても一体何の用なのか。双子を見送り、浦原は店の奥へと入った。