※そんな長くないですが、一応目次です。




		
障子を通して、秋の弱い太陽が畳の上に光を投げかけている。
蟋蟀、鈴虫、その他名前も知らない秋の虫の音が、静かに響いてきていた。
畳に置かれた机の前に胡坐をかいた銀髪の少年が、後ろを振り向きかけた不自然な体勢のまま固まっていた。


心臓が、いつになく高鳴っている。
辺りが静かなせいもあり、どくん、どくん、と脈を打つ音が、自分の中に響くくらいだ。
日番谷冬獅郎は今、激しく緊張していた。


手を伸ばせば届くくらいの先に布団が敷かれ、高級そうな布団に包まれて浮竹が眠っている。
「……浮竹?」
呼ばれても、全く身動きせず、白い横顔を見せているだけだ。寝息すら聞こえてこない。
布団の脇ににじりより、顔の前でヒラヒラと手を振ってみたが、それでも全く反応しない。
常人ならいざしらず、隊長格でこの無反応はないだろう。
―― まさか……
口に出すのがはばかられる。まさかとは思うが、まさか。
ご臨終……?



「……おぃ?」
おそるおそる布団に手をかけ、揺さぶってみようとした時だった。
「日番谷隊長、浮竹隊長っ! 書類ですよー!」
部屋の外から元気な女の声が響き、ちょうど揺さぶりかけていた日番谷の肩がビクッと震える。ぱたぱたと、廊下を歩いてくる軽い足音が聞こえてきていた。
「なんだ、脅かす……」
「ありがとう清音っ!!」
さっきまで死人そのものの寝入りっぷりだった浮竹が突然がばりと起き上がり、日番谷は文字通り飛び上がった。


そのまま、さっそうと障子の戸を開ける浮竹を、日番谷はあっけに取られて見守った。
ここ数日寝たきりだった男が、いきなり笑顔全開ってかなり難しいんじゃないだろうか。
そんな日番谷の疑問をよそに、浮竹は笑顔で清音と話している。
「おぉけっこうあるな、任せておけ」
「浮竹隊長! お元気になられたんですね、心配しましたよぉ」
涙目になっている虎徹清音の顔を横目で見ながら、日番谷は起き直る。
ひょい、と中を覗き込んだ清音が、きょとんと目を見開いた。
「日番谷隊長、何されてるんです?」
「なんでもねぇよ……」
今しがた、お前らの隊長が死んだと思ったんだ、などとは言えない。
不機嫌そうに机に向き直ろうとした日番谷に、浮竹は心底不思議そうな視線を向けた。


「あれ? 日番谷隊長じゃないか。何してるんだい、俺の部屋で」
「お前、何も覚えてねぇのかよ……」
思わずこめかみに指を当てた日番谷を見て、清音が説明する。
「隊長ったら、三日前に血を吐いて倒れちゃったんですよ。
日番谷隊長がお見舞いに来てくださって、そのついでに溜まった書類を代理で決裁してくださってたんです」
「おお、そうだったのか! ありがとう、日番谷隊長!」
「ドーイタシマシテ」
いつもの浮竹だ、と日番谷は思う。元気だ。「無駄に」という言葉をつけたしてもいいくらいだ。
話しているだけで、こっちが元気を吸い取られる気がするいつもの浮竹が、戻ってきていた。


「元気になってなによりだ。俺は帰るぞ」
そう言い置くと、膝に手を置いて立ち上がる。
「ゆっくりしていけばいいじゃないか。お菓子もあるぞ」
「今ご用意します!」
「いらねーって! ガキじゃねぇんだぞ。大体、そう長く隊舎をあけてられねぇしな」
日番谷は、顔の前でヒラヒラと手を振る。
早く十番隊に帰らないと、隊長がいない隊首室はいまごろどうなっているのか、考えるだけで嫌な予感がする。


「そうかい。残念だけど、またゆっくり寄ってくれよ」
浮竹が笑顔で障子をあける。清音が重ねるように続ける。
「十三番隊のみんなでお迎えします!」
そんなんいらねぇって、と思いながらも、十三番隊のそういう人懐っこさは、嫌いではなかった。
あいまいに頷いた日番谷は、すれ違いざまに浮竹を見上げた。
「じゃな。もう倒れるなよ」
「あぁ!」
力強く手を振った浮竹は、日番谷と視線を合わせようとしてつんのめり……
次の瞬間、思い切り吐血した。



十分後。
「日番谷隊長、本当にすまないね」
「別に」
日番谷はふたたび、机の前に腰を下ろし、さらさらと筆を走らせていた。
清音が浮竹の枕元で、布団を直したり氷枕を作ったりと、かいがいしく世話をしている。


ぐるり、と日番谷が肩を回したとき、ボーン、と音がした。
そのまま5回続いた単調な音に、3人ともなんとなく耳を澄ませる。
「……5時か」
さっきの騒動で閉め忘れていた障子から、冷たい風が入ってきている。
日番谷は立ち上がり、障子に歩み寄った。
外に目をやると、中央四十六室が勤めていた地下議事堂の真上に、大きな時計が掲げられているのが目に入った。
直径5メートルはあろうかという、異常に大きな掛け時計である。
ちょうど、5時を差していた。


「あの大時計、すごいですよね。私が知る限り、一回も時間が狂ったことないですよ」
日番谷が何を見ているのか気づいた清音が、タオルを絞りながら声をかける。
上半身を軽く起こして、浮竹が笑った。
「逆だよ。あの大時計の時間に、ソウル・ソサエティの全ての時計が合わせてるんだ。
あれが遅れれば全ての時計は遅れるし、もしも止まれば止まっちゃうだろう……ごほがはっ!?」
「あぁ、隊長っ!!」
「浮竹、もうしゃべんな」
障子をパシッと閉めた日番谷が、振り返る。

清音が、半身を起こしたままの浮竹を寝かせようと四苦八苦している。
「お願いですから、静かに寝ててください! こっちも心臓止まりそうですよぅ」
「はっはっはっ何を言っているんだ清音、心臓が止まったら、死ぬだろ?」
「あんたが言うと笑えねぇんだよ」
浮竹の額を軽く小突いて布団に戻らせる。こんなことができるのは、同じ隊長格くらいのものだ。
「すまないねぇ日番谷くん、お礼に、定時すぎたらお菓子を山ほどあげるから」
「今ご用意します!」
「いらねぇ……っていうかお前ら、さっき同じ会話しただろ! 聞けよ人の話!」
この隊長あってこの部下なのか。ため息をついた時、今度は机の脇の黒電話が鳴った。


とっさに駆け寄ろうとした清音を制し、日番谷がジリリリ、とレトロな音を響かせる受話器を取った。
「十番隊の日番谷が代理で出てる。どうした」
眉間に皺を寄せ、頷いている日番谷を、清音は心配そうに見守る。
やがて、日番谷は話しながら清音に視線を向けた。
「なんですか?」
駆け寄った清音に、日番谷は受話器を指差して見せる。
「仕事だ、虎徹」