※そんな長くないですが、一応目次です。
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どくん、と心臓が高鳴った。
いざという瞬間、一瞬なのにとても長く感じる、というのは事実なんだと思う。
階段から滑った両足が、宙に浮く。
全身が、空中に投げ出される。ふわりと、髪が舞う。
ああ、このままだと、階段の角に頭をぶつけることであるなぁ、とか。
ここは階段のてっぺんだから、上から下まで落ちることであるなぁ、とか。
その更に下は、コンクリート打ちっぱなしの玄関であるなぁ、とか。
こんな時でさえ、冷静に考える自分に夏梨は、自分で呆れた。
死んだ……かも。
「夏梨っ!」
階段の上から、兄の悲鳴のような声が聞こえた。
家中に響いた大音響は、押入れでうたた寝をしていたルキアをたたき起こすのに十分なものだった。
「どうした!!」
一護の部屋を飛び出し、階段を駆け下りたルキアは、途中で足を止める。
「一護……夏梨?」
一護が、抱き起こした夏梨を、玄関のフローリングの床の上に、降ろしたところだった。
「一護……どうしたのだ?」
訊ねても、一護は全くルキアの声が聞こえていないように、微動だにしない。
床に寝かせた夏梨を、ただ呆然と見下ろしているだけだった。
一護の肩の向こうに見える夏梨の白い顔には全く血の気がなく、力も入っていない。
ルキアの心中に、嫌な予感が広がった。
果たして。
「夏梨が、階段から玄関まで落ちて……。息、してねぇ」
かすれた一護の声が、他に誰もいない家にうつろに響いた。
そんなことってあるか?
一護はひとり、自問自答する。
あの運動神経が良くて、元気な夏梨が、階段から落ちたくらいで死ぬわけがねぇ。
静かに歩み寄ってきたルキアがかがみこみ、夏梨の首筋に手を置く。
そして、静かに首を振った。
「死んだ……のかよ。こんなことで……」
搾り出した声は、自分でも無様なくらい、震えている。
その隣で、ルキアがふぅ、とため息をついて身を離した。
「予定外だな。困ったことだ」
「予定外……困った……? だと」
真っ白になった頭の中に、その言葉が流れ込む。
次の瞬間感じたのは、衝動的な怒りだった。
「その言い方はねぇだろ、ルキア!! そりゃお前ら死神にとっちゃ当たり前のことなんだろうけどな、これは夏梨なんだぞ!」
激情のまま、ルキアの胸倉を取り、立ち上がる。
背後の壁に押しつけられた恰好になったルキアは目を見開いたまま喘いだ。
「どうにかなんねぇのかよ!!」
「ま、待て一護! 説明するから、離せ!」
「待てるか、この状況で!」
「夏梨は死にはせぬ! だから、落ち着け!」
「……え」
両手から力が抜け、ルキアを解放する。ずりずりと床にしゃがみこんだルキアは、大きく深呼吸した。
「どういうことだよ、ルキア!」
ルキアは無言のまま、一護の前に手をかざして牽制した。
「全く、力任せに締め上げおって……お前にも分かるよう、できるだけ噛み砕いて説明してやる。
基本的に、人がいつ生まれ、いつ死ぬかはあらかじめ決まっている。
瀞霊廷では、死者のリストを作成し、それを元に死神があの世へ導いておるのだ。
私も空座町の担当だった際、ざっと数か月分に目を通したことはある。
誓って言うが、夏梨にはまだ死ぬ予定はない。予定外の死には、救済処置が取られるのだ」
「救済処置……って、何だよ」
「具体的には、死神がその者の死んだ親族に姿を変え、現世に和やかに追い返すのだ」
「……はぁ」
一護は、視線を宙に泳がせる。
「それってよ、もしかして……死んだらお花畑があって、川が流れてて、川の向こうで死んだじいちゃんが手を振ってる……ていうアレか?」
「うむ。その場合、手を振っている老人の正体は死神だ」
「なんでそんな回りくどいことするんだよ?」
「死神は、生きている者の前には現れてはならぬ。これは鉄則なのだ」
ふぅん、と頷きながら、一護は微妙な表情を返す。
……あまり知りたい知識じゃなかったような気がする。
もし万が一、自分が同じ状態に陥ったら、中に誰が入っているんだろうとか考えそうだ。
そこまで考えて、一護は我に返った。
「じゃなくて! じゃあ、夏梨の場合は!」
「空座町は十三番隊の管轄だ、隊士の誰かが出向いているころだろう」
「で、でもよ。自分が化ける奴の性格は死神だって知らねぇだろ? 別人だってバレねーのかよ?」
「それはない」
ルキアは即答した。
「考えてもみろ、死んだ直後だぞ。まともな精神状態ではないのだ。若干生前と違おうと、自分は誰々だと断言すれば必ず信じる」
「何か、オレオレ詐欺みてぇだな……」
「まぁ、長話をするわけではないしな。というか、制限時間があるのだ。現世でもなく、ソウル・ソサエティでもない『狭間の世界』にいられるのは、せいぜい10分。その間にバレたなどという話は聞かぬ」
「じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ?」
「このままここで、魂が戻るのを待つ。戻ったらすぐに病院に運ぶのだ。蘇生する前に病院に連れて行くと、何かと厄介だからな」
「……分かった」
一護は、じりじりしながらも夏梨の隣に座った。
相変わらず、死んだように(死んでいるのだが)横たわったままだ。
夏梨があの世で会う死神が、マトモな奴であることを祈りながら。