もくじ。




十番隊は、馬鹿騒ぎを好まない隊首がいるせいで、隊を挙げての宴会は滅多にない。
しかしその分、毎年仕事納めの大晦日から新年にかけて行われる宴会は大掛かりなもので、皆それを楽しみにしていた。
十番隊士はもちろん、普段十番隊とかかわりのある死神や貴族、隊士の家族に至るまで参加することができる。
ちなみに経費は、全て日番谷の懐から出ていた。


「いや〜君、毎度けっこう凄いことしてるよね。でっかい器だねぇ」
「うるせえ」
「却下とか言いつつ、結局僕らから仕事を押し付けられようとしてる君の器はすばらしいね」
「押し付けられるか、自分でやれ!」
頭に来るやら腹が立つやら。
日番谷は宴会のどんちゃん騒ぎを遠くに聞きながら、隊首室に押し込められる羽目になっていた。

隊首席の前には机と椅子が並べられ、その時刻までに日番谷のところへ押しかけてきていた京楽、朽木白哉、砕蜂、涅がいる。
斑目に無理やり連れて来られた更木もいる。
不出来な生徒の補修授業をしている先生がごとく、日番谷が中心の隊首席に座り、浮竹から引き取ってきた残務をこなしていた。

「全く、この私を押し込めて仕事をやらせようとは。お前に一体どういう権限があるというのだネ」
「仕事やらしてんのは俺じゃねぇ、総隊長だ」
「日番谷ァ、俺自分の名前を漢字で書けねぇぞ。忘れた。だから、お前やっとけ」
「血判でも押せばどうだ? 全部終わる頃に、出血多量で死ね」
「私は、こんなところにいる場合ではないのだ! 現世で重要な任務があるのだからな」
「四楓院夜一に会うだけだろ。業務が詰まってんのも、現世に入り浸ってるからだ。自業自得だろ」
ぐっ……と三人の隊長が三者三様に言葉に詰まる。
「んー、見事な隊長捌きだねぇ」
「いいからあんたもやれ、京楽」

業務を裁きながら、他の隊長達の愚痴やぼやきを流しながら、日番谷は黙々と業務をこなしている朽木白哉を席から見下ろす。
「他の奴はとにかく、あんたまで仕事を溜めるってどういうことだ? 朽木隊長」
とんとん、と書類を束ねながら、白哉は淡々と答える。
「貴族の隊長には、平民の隊長には窺い知れぬ、様々な責務があるのだ」
「平民の隊長」の不審の目(主に日番谷)を一身に受けながら、白哉はズイッと書類の束を日番谷に突き出した。
「だからこの度は特別に、この私の仕事を……させてやっても良いぞ」
「お前、帰れ」
もう色んな意味で無理かもしれない、と思う日番谷なのだった。


時間だけが、無為にすぎてゆく。何しろ、今日中に終わらせなければいけない業務ばかりなのだ、一刻の猶予もない。
日番谷は書類に機械的に目を通し、署名するという作業をこなしていたが、頭は別のところにあった。
「……名前、か」
ふぅふぅ作業をしている他の隊長の視線が、日番谷に集る。
自分が独り言を言ったのにも気づかず、日番谷は書類を見たまま、椅子の背もたれに凭れ掛かった。

名前なんて、自慢じゃないが犬にしかつけたことない。
何であれつけられた名前は一生名乗ることになるのだ、これはかなり重要なことじゃないか? と心中弱り果てていた。
大体、男か女かもまだ分からないし、いざとなって困らないように両方考えておく必要があるだろう。
大切な言葉、なんて。日番谷は長いため息をついた。

「名前、って、どうしたんだい? 日番谷くん」
仕事に飽きてきたらしい京楽が、問いかける。
仕事しろ、と一喝するところだが、ふと他の隊長の意見も聞いて見たい、という気がして日番谷は起き直った。
「……部下から、名づけ親になって欲しいって言われたんスよ。俺の大切な言葉を入れてくれと。大切な言葉って、何か思い浮かぶか?」

それを聞いて、隊長たちはそれぞれに視線を泳がせた。
「『酒』だねぇ。なくなったら僕、泣いちゃうよ」
「『戦』だろ。戦い以上に大切なものってこの世にあるか?」
「『薬』だネ。飲んだだけで爆発する薬、阿鼻叫喚に陥る薬……考えるだけで胸がときめくじゃないかネ」
「『才』だ。天賦の才。これぞ選ばれた人間のみの宝だ」
「『猫』だな」
バーン! と耐えられなくなった日番谷が机をひっぱたく。
「人の名前だって言ってんだろ! 大体猫ってそれ、大切な言葉っていうか……猫じゃねぇか!」
「ええいうるさい! 貴様などには分からん!」

こいつらに聞いた自分が馬鹿だった。日番谷は返事をするのも馬鹿らしく、ため息で返す。
とにかく、自分の仕事はもう終わったのだ。いつまでもこいつらのお守をする義理もなし、このまま宴会に参加するか。
そう思った時だった。
ばたばたばた、と無遠慮な足音が近づき、隊首室の前で留まった。

「ひひ日番谷隊長、お仕事中申し訳ありません!」
「なんだ、開けろ!」
は、と扉を開けた隊士の額には、ハチマキが巻かれていて顔も赤い。緊迫感ないこと甚だしい。
「遊里道七席の奥方が急に産気づかれまして……宴会の席のことですが」
「第五医務室が空いてたはずだ。そこへ運んで医者を呼んでやれ。今すぐだ」
「はい!」
宴会で産気づくとは。予定日はまだ先だとさっき遊里道も言っていたから、油断していたのだろう。
その場も混乱しているだろうし、とりあえず自分が行った方がよさそうだ。
腰を上げた時、ふと名づけのことを思い出して、思わず顔が引きつった。
まだ先のことだと思ってたが、今産気づいたなら後数時間しか猶予がないんじゃないか?
どーすんだ俺、と心中呟いた。