もくじ。




その場は混乱してるかもしれない、という日番谷の懸念は的中していた。
日番谷が宴会会場についた時、ちょうど酔っ払った何人かの隊士によって、一護が担ぎ上げられたところだった。
「ま、待てって! 俺は医者の息子で、医者じゃねぇんだよ!」
「医者の息子だったら、近いだろ!」
「ち、近くねえ。全然違うんだって!」
それに関しては、一護が正しいと思う。日番谷は宴会場に入ると同時に、大声を出した。

「医者はもう手配済だ! お前らが騒いだってどうにもなんねぇだろ、落ち着け!」
その一喝で、宴会場いっぱいに集っていた人々が、しーんと静まる。
すげぇ、と一護が呟いた。
「とにかく全員、座れ。仕切りなおすぞ」


総勢500人を越える人々の乾杯は、相当の迫力があった。
その音頭を取った日番谷の隣に、一護が腰を下ろす。

「乱菊さんに聞いたぜ、他の隊長の仕事引き受けてたんだって? お疲れさん」
日本酒を日番谷の猪口に注ぐ一護の顔は、すでに赤くなっている。日番谷は受けながら、片眉を上げて顔を見やる。
「お前、未成年の飲酒は現世じゃ禁止だろ?」
「無理やり飲まされたんだよ! てゆーか、外見が小学生のお前には言われたくねぇぞ」
「実年齢はお前より上だ!」
「そうなんだろうけどよ。見た目の話だよ」
日番谷が一護の猪口にも酒を満たし、軽く打ち合わせる。

「おー、見晴らしいいな」
一番の上座にあたる場所からその場を見渡し、一護が声を上げる。
その後、ん? と眉をひそめた。
「俺、もしかしてここにいたらまずいのか? 偉い奴用の席とか?」
「上座と下座くらいは分かるのか。かまわねぇ、いたらいい」
本来、死神代行に許される席ではないが、日番谷は敢えてそう言った。
これからも、一護が死神にとって重要な存在で居続けることを、見越してのことだった。
彼の存在を知らず、訝しげな視線を向けていた死神たちも、日番谷の隣にいるのを見て、驚きの表情に変わる。
「お前がいなきゃ、破面戦争は乗り越えられなかった。こんな風に宴会を開くことも、できなかったからな」

一護は、しばらくそれには無言だった。
「不思議だよな」
空になった猪口を置き、後ろ手をついてその場を見渡す。
「何が」
「一年前は、死神なんて知らなかった。半年前は、敵だった。なのに今、一緒に酒が飲めるんだぜ。これってすげぇよ」
「……だな」
この一年の出会いに乾杯。音頭を取るとき何気なくそう言ったが、確かに考えてみると、人と人とのつながりほど不思議なものはない気がしてくる。

「うぃっす、隊長! 来年もよろしくお願いしますね!」
松本乱菊。今は副官に収まってるが、元々自分を死神へと誘ったのは彼女だった。
全てのきっかけをくれた彼女が、今も自分の背中を護ってくれているのは、偶然のようにも、必然のようにも思える。
「シロちゃーん! もっと飲まなきゃ! あっ来年もよろしくね♪」
同じ家で育ったものの、一時は道が分かたれたかと思った雛森が、今同じ場にいるということ。
「日番谷隊長。その……兄様がご迷惑をおかけして申し訳ありません。というか一護! 貴様は一体、どういうつもりでその席にいるのだ!」
朽木ルキアは、一護との出会いがなければ、処刑騒ぎに巻き込まれることはなかったが……
それでも出会わなければ、こんな明るい表情で兄のことを語れなかっただろう。
そして一護がいなければ、今頃瀞霊廷は、滅亡していたに違いない。

「……なに、笑ってんだ?」
挨拶に来る部下や客たちを一通り流した後、自然と微笑んでいたらしい。
もう一度日番谷の杯を満たした一護が、頬に笑みを浮かべて、問いかけてきた。
「……何でも、ねぇよ」
「こういうのを、何って言うんだっけ」
一護の隣で満場を見渡し、日番谷が考えたとき、除夜の鐘が鳴り響いた。
歓談の手をしばし止め、それぞれが耳を澄ませる。

「たーいちょっ♪ そろそろクライマックスですねぇ♪」
日番谷の隣に戻ってきた乱菊が、一護とは反対側に腰を下ろす。それを日番谷が横目で睨んだ。
「お前、除夜の鐘撞きに行ってないのかよ」
「こんなか弱い手で、つけるわけありませんよ〜」
「どこがか弱い手だ」
苦々しく言った日番谷の片腕に、自分の手を回す。
「おい、酒が飲みにくい。放せよ」
「ああ、良かった」
赤らんだ顔で、ほっと乱菊は息をつく。
「何がだ」
「隊長がいてくれなきゃ、あたしきっと寂しくて死にたくなってました」
ありがとうございます。そう言われて、とっさに何も返せなくなる。
出会いもあれば、辛い別れもあったのもまた事実だ。

「おい、赤ん坊の声が聞こえないか?」
誰かが言ったのは、その時だった。その場の全員が会話を中断して、耳を澄ませる。
除夜の鐘の音に混じって確かに、かすかに弱弱しい泣き声が聞こえてくる。
誰かが、酔っ払ったような乱れた足音で駆けてきた、と思った時には、宴会場の扉がガラリと開かれた。

「遊里道、どうだった?」
普段の取り澄ました態度とは逆に髪も乱れ、三つ指をついた体勢のまま顔をあげない彼に、周りが色めき立つ。
「生まれました! 母子共に、健康です!」
そこまで報告して男泣きに泣き出した遊里道を、拍手と歓声が送られる。

その場の視線は、自然と上司である日番谷に向けられる。
「そうか。おめでとう」
やわらかに返した日番谷に、遊里道は涙を袖で拭った。
「それで……お願いしていた、名づけの件ですが。いつまでもお待ちしていますので!」
「いつまでもって訳にもいかねぇだろ。実は、さっき決めた」
苦笑した日番谷の言葉を、満場の歓声と拍手がむかえる。

部下の一人が、すかさず硯と筆、半紙を持って日番谷の元へ駆けつけた。
しんと静まり返った中、そういえば除夜の鐘がもう聞こえないな、と日番谷は思う。
赤ん坊誕生の一報にかき消されてしまったが、もう新年なのだろう。
筆に墨をいっぱいに含ませ、一気に書き上げた。

「『縁』(エン)……ですか?」
持ち上げられた紙に書かれた字を、遊里道が読み上げる。
「男なら、エニシ。女なら、ユカリと読めるだろ。縁があるところに、道ができる。俺が一番、大切にしたい言葉だ」
新年と、生まれた新しい命に。
そう言って掲げられた日番谷の杯に、新しい涙を流した遊里道はもちろん、その場の全員が杯を合わせたのだった。


「いい、名前」
乱菊の目が、少し赤らんだように見える。一護が、遊里道の方に身を乗り出した。
「で、男と女、どっちだったんだ?」
微笑んでいた遊里道が、少し困ったように口を開く。
「それが、」